今年は審査が長引きまして、受賞に際してはどのように決まったかコメントがありました。
| 高校名 | 演目 | 結果 | 受賞の理由 |
|---|---|---|---|
| 共愛学園 | 破稿 銀河鉄道の夜 | 最優秀賞 | 完成度の高さ。(伊工に比べ)より台本の要請を満たした。 |
| 伊勢崎工業 | あの大鴉、さえも | 優秀賞 | 完成度の高さ。 |
| 沼田 | リオ・デジャネイロに乾杯!! | 優秀賞(次点校) | 男子校として素直に頑張った |
| 館林 | アル・ストーリー | 創作脚本賞 | 独自の世界を作った |
ゲバ票ではありませんが、結果発表前の予想としては共愛・伊工は決まり。優秀賞(次点校)と創作脚本をどうするか……という感じでした。2校を除くと他は特に差もなく難しいところだったと思います。実際、審査は各審査員4校ずつ選んで、その上で話し合いを持ったそうで、共愛・伊工の2校はすんなり決まったそうです。審査はかなり長引いてたように感じました。
個人的に、沼田高校の受賞理由は昨年度、一作年度からの成長が認められたという感じです。館林高校は(いろいろな意味で)突き抜けた台本だったからだと思います(ただこれで受賞者が「これでいいんだ」と変な自信を持たなければと心配ではあるのですが)。
声が聞こえない、聞き取りにくい高校が何校もあり、それが致命的でした。せっかく作った演劇も、聞こえないことにはどうにもなりません。私はあまり詳しくないのですが、これはやはり日頃の発声練習(基礎練習)によるものなのでしょうか。ここだけは本当に何とかしてほしいところです。
過去には、感情的なシーンを多用する台本とその場面での演技がまるで出来ていない役者という構図がよく見られたのですが(ほとんど全部)、今年は感情的なシーンというのが少ないまたはあってもサラりと流すことが多かったように感じます。その分、演技の無理も出ないのですが、演劇としての深みもないという感じでした。いいんだか悪いんだかというところですね。
講評では劇団俳優の光瀬さんがもの凄かった。的確すぎて言葉もないという感じで、生徒の方には多少キツかったかもしれませんね。ただ、良くなってほしいと思って一生賢明に喋る内容を考えて言われてたことのようで、その並々ならぬパワーと情熱には圧倒されてしまいました。内容的には、聞いていて自分が恥ずかしくなるぐらいでした(それと比べて自分の感想が稚拙で)。
今年最も気になったのは、やはり創作台本でした。どこの高校も似たような失敗を犯していました。そういう脚本作りの基礎的な話は、誰にも教えられなければ知らなくても仕方ないのかも知れませんし、ここで簡単にまとめておきたいと思います。
まず最初。演劇(コンクール)は基本的に60分1幕でやるものだと思ってください。多いところでは16回以上暗転していましたが、演劇はTVとは違います。TVのカット割りの感覚で暗転を使ってしまいますと(気持ちはよく分かりますが)、演劇では瞬時に場面を切り替えることが到底不可能なので、かなり無理が出てしまいます。暗転するたびに観ている方の集中力も削がれます。TVとは違い、基本的には1幕で見せる物だと思っておくといいと思います。もちろん暗転するなとはいいませんが、60分という上演時間を考えると多くて2〜3回、どんなに多くても5回ぐらいが限度だと思います。
では暗転せずにどうやって話を組み立てるんだ、という疑問を持つかもしれません。例えば今年上演された伊勢崎工業の「あの大鴉、さえも」を例に考えてみましょう。登場人物3人は親方に頼まれたガラスを運んでいるという設定で舞台に現れます。普通に(TV風に)構成してしまうと、まず「親方からガラスを運ぶように頼まれているシーン」、続いて「ガラスを運んでいるシーン」となるでしょう。しかし実際の舞台は、そうてはなくガラスを運んでいるシーンからスタートして、その後に自然な会話の流れとして親方に頼まれたものであることを表現しています。桐生南の「通勤電車のドア越しに 〜OL編〜」であれば、最初に「頭をドアに挟まれた」ことをみせて、電車が「止まったまま」であることを説明しがちですが、実際にはそれらはあとから説明されます。
ポイントとしては時系列を逆転させ、状況説明を実際状況よりも後に持ってくるということです。続いて題材として、市立伊勢崎高校の「HOW ABOUT YOU?」(リストカットのお話)を例に取ります。この劇では、まず最初に「チャットで知り合った3人が集まるシーン」その後に「バンド帰りのシーン」が出てくるわけですが、ここを(講評にもあった通り)「バンド帰り」のシーンかスタートさせます。とはいえ、開口一番「バンド楽しかったねー」とかやってはいけません。
例えば、感想をみんなで言い合うシーンから始まって、だんだんとそれがバンドの感想、つまりライブ帰りであると分かるようにします。そのうちにチャットで知り合ったんだということを表現すればいいと思います。チャットで知り合ったということは感想に対する突っ込みとして「でも○○はこの前××だって言ってなかったっけ?」−「この前って△△のときのチャット?」とか(もっとチャットという言葉を引っ張ってもいいかも)、そんな感じにするといいと思います。
あまりうまい例ではなりませんが、やり方次第で過去についてはいくらでもさかのぼって説明できます。大量の状況説明を最も簡単にこなす方法は(安易ですが)AとBの関係を説明する際、Aの知り合いでBを知らないCを連れてきて、CからAに対してBのことを質問させればいいのです。知識の格差を出せば、うまく説明する状況を作り出せます。
色々と細かいテクニックはさておき(この手の話はちょっと本などを調べればたくさん出てきます。実際知識の格差の話は本に書かれていたものです)、とりあえず「できるだけ暗転はしない」ということを台本を書くときに心がけると、それだけでも随分演劇っぽくなります。もちろんそのためには話作りに工夫が必要です。
これは演出の話でもあるのですが。ドラマ、またはテーマ部分に、心の問題を持ってくることはよくあることだと思いますし、実際よく見られます。ですが、多くの場合掘り下げ不足、考察不足のため説得力不足となってしまいます。この部分は、脚本を書く人間、演出する人間の洞察力や視点の広さに依存してしまうのですが、それでもいくつかポイントとなる部分を挙げることはできます。
まず第一にテーマをひとつに絞ることです。何を描きたいのか、何を物語の中心に据えたいのか、漠然としたものではなくただ1つに絞ってください。いくつかの障害や問題を設定するのもよいのですが、60分では描ききれない可能性があります。市立伊勢崎高校の「HOW ABOUT YOU?」を例に取りますと、ユイガとキラの二人のリスカする少年をウルハが癒す物語なのですが、ユイガの問題とキラの問題を(程度は違えど)両方扱っているために、描写が分散してしまっています。この場合、ユイガ一人の問題に注力して全体を構成するべきです。
そして悩みや思いを描くとき安易に気持ちを台詞で言わせないことに注意してください。例えば、AがBのことを好きという表現をする際、Aが「Bのことを好き」と喋らせるよりも、視線で意識したり、Bが居るだけでソワソワしたり態度が変わったり、Bの前では妙に元気だったりと見せる方がよっぽど説得力が生まれます。気持ちはエピソードで描くものなのです。これは何も演劇に限った話ではありませんか、世に氾濫する多くのドラマやアニメなどでもこの基本が守れていないものが数多く見られます。ですから、そういうドラマとか漫画とかを参考にしてはいけません(もちろんきちんと出来ているものもあります)。
分かりやすくするために、再び「HOW ABOUT YOU?」を例に取りましょう。主人公ウルハはユイガを(リスカをしてしまうほどの)悩みから「救いたい」と「助けてあげたい」と言うわけですが、そんなことを真っ向から相手に言ってしまう時点で嘘っぽいでのです。そういうことは態度で表す必要があります。「リスカについて色々調べた」シーンも出ていましたが、そういう場面をもっと必死に一生懸命に、それでも受け入れられないことのもどかしさや上手くいかないことの歯がゆさをうんと出してやるといいのです。例えば、ユイガと対立して喧嘩して「お前なんかにわかるもんか」とコケにされ、虐げられながらも、それでも必死になっていれば、「ウルハは心の底から相手のことを想っているのだ」と観客の心を打つのです(この手法自体はベタですが)。
逆にユイガについても同様のことが言えて「リスカする辛さ」というのは、ほとんど描写されていません。ユイガがある日あったらとても落ち込んでいるとか、唐突に電話を掛けてきて「何か言いたげだけど何も言わない」とか、妙に達観しているとか、そういう具体的な態度やエピソードで示さないと気持ちとしてはこれっぽっちも観客に伝わってきません。
構成上、ラストに問題の解決を持ってくる、またはテーマ的投げかけをもってくる場合は(多くの場合そうなるでしょう)、それに見合ったフリが必要です。問題の重さをラストシーンの前にきちんと観客に伝えておかなければ最後の解決は何の感動も生みません。そして一番多くの見られる勘違いは、心の問題はそうそう簡単に解決しないということです。
例えば、これを読んでいるあなた自身のことを考えてみてください。誰か嫌いな人はいますか? 大抵は誰かいますよね。では、その人のことを「明日から好きなれ」と言われて納得出来ますか? すぐに実行できますか? できませんよね。好き/嫌いというのは典型的な心の問題です。でもたかが「好き嫌い」です。そのたかが「好き嫌い」、たったそれだけのことでも気持ちを変化させるというのはもの凄く大変なのです。高校演劇などで見られる心の問題は、こんな好き嫌いよりはるかに根の深い問題ばかりです。それを(ラスト10分ぐらいの言葉の投げかけで)あっさり解決されたときには「アホなこと言ってるんじゃないよ」と誰だって思います。
じゃあどうするかと言えば、60分かけてたったひとつの問題を解決するだけの根拠を、物語り全編に渡ってばらまかなくてはならないのです。そして「本当にこの登場人物は気持ちを変えようと思うか」と何度も何度も慎重に検討を重ねて、そこまでしてやっと説得力というべきものが生まれます。そこまでして初めて想いは伝わるし、人は感動をします。
具体的方法はさまざまですが、ひとつ、高校演劇セレクション収録の脚本などを(こういう視点で)読んでみるとよい参考になると思います。ちょっとしたポイントを抑えるだけで脚本が見違えますので、ぜひやってみることをお勧めします。
少子化の影響なのか何なのか。各校とも明らかに部員数が減少しているようで、演劇を仕上げてくること自体大変なのだろうなとは思いました。数が少ないと役者の選択肢も台本の選択肢も限られるし、演じない人として演出を置くことも難しいようです。実際、多くの学校が演出=主演という感じで、(部内の)一番の実力者がそのまま主演せざる得ない(逆に言えば主演の人間が演出をせざる得ない)状況が垣間見えます。
県内の有力校、伊工・共愛・そして多分高女もその影響を受けているようで、例えば共愛ではこのページに「演劇部は今部員不足で本当に困っています」と書かれています。年々上がっていってほしいところではありますが、現状では県内の高校演劇のレベルを維持するので精一杯という感じなのでしょうか。それに加え、顧問の先生の移転も多いようで。例えば今年度、あの安中高校の演劇部顧問だった原澤先生は別の高校に移られていますし、大変な様子がよく伺えます。
なんだか暗い話になってしまいましたが……。
その点、沼田高校の頑張りは(たしかに)明るい話ではあります。全体的なラインとしては実力は上がってきているようにも思えなくはないです。かと言って、それが予算・部員・顧問という壁を突き崩せるほどかは難しいところなのでしょうけど、それに期待するしかないのかもしれません。そのための少しでもお役に立てることを祈って、今回の感想は終わりにしたいと思います。上演されたみなさん、関係者のみなさん、よい劇を大変ありがとうございました。