トップ > 2008年度 県大会 > 全体感想
最終更新:2009/11/14

■県大会の感想

約1年ぶりの観劇でしたが、とても楽しませて頂きました。公演されたみなさん本当にありがとうございます。そしておつかれさまでした。

入賞について。今年は自信を持って「基準が違えばガラリと入賞校が変わった」と断言できます。だから入賞しなかったみなさんも落ち込む必要はまったくありません。ここのところ毎回書いていますが、上演校全体のレベルの底上げが今年も大きく感じられました。みんな本当に上手くなっています。これはすごいことです。

例えば、ほんの少し前まで「声が聞こえない」「暗転だらけ」「BGMだらけ」「不自然すぎる台詞」(実際にあり得ない説明的すぎる台詞など)といった基本的なことがクリア出来ていない上演がたくさんあり、講評でもよく指摘されていました。今年は該当する上演がまったくみつかりませんでしたし、事実講評でもこれらの指摘はほとんど無かったと記憶しています。

入賞校についての判断が難しくなったというのは、(全体のレベルがあがり)突出した学校が居なくなったと言えます。つまり、どの学校もあと少しだけ上達すれば関東に行けます。講評を聞いていて分かったと思うのですが、どの学校もまったく同じことを指摘されていました。あとはそれをクリアするかしないかだけの差です。

以下に、やや違う角度から総評として出来るだけ丁寧に解説しますので、もしよければ参考にしてください。みなさんの今後の活躍を心より期待しています。

2007年11月11日 わたなべ 記

■総評「演じるときに気を付けてほしいこと 〜台本の解釈について〜」

台本を演じるとき、どういうことに気を付けているでしょうか。台詞を覚えるのは大切なんですが最初に掴んでほしいなと思うのが、台本が何を表現しているかです。

よほど悪い台本でなければ、その台本にはきちんと意味があります。でもこのお話は「これこれこういうお話なんだよ」というのは台本のどこをみても説明されていません。台詞に書かれている言葉、シーンの流れからくみ取る必要があります。

例えばみにくいあひるの子という童謡をみなさん知っていると思います。「ねえ、みにくいあひるの子ってどういう物語?」って聞かれたどう答えますか? 「アヒルの群の中で生まれたひな鳥が、一人姿が違うため周りからいじめられる。そして放浪し、最後に疲れ切ったひな鳥は水辺に行く。水面に映った姿から自分の姿がアヒルではなく美しい白鳥であったことに気付く物語」と答えれば間違ってはいませんが、「あらすじじゃなくて、どういう内容のお話? 何を表現しているお話? 何を訴えてるお話?」と聞かれたどう答えますか。

正解はありません。どんなものでも正解です。この物語に意味を与える作業を解釈と言います。さて、では、みなさんが上演した台本はどういうお話ですか? この問いにきちんと答えられるでしょうか。即答できるでしょうか。ほとんどの学校で、解釈が行われていないまたは解釈を突き詰めていないと感じています。これは例年ずっと感じていることです。台本をきちんと演じられるようになったら、台本のまま上演するというレベルは卒業しなければなりません。今大会の上演をみると、みなさんは既にそのレベルに達しています。

解釈を与えることによって台本は演劇になります。演じる人たちのオリジナルな劇になります。初めて劇として生きてきます。初めて本物になります。解釈を行うために、みんなで「どういうお話か」ということ議論するのが一番望ましいし、もっといえば必ずやってほしい。それも定期的に何度もやってほしい。

台本の解釈にはもう一つの要素があります。それは人物心情の解釈です。登場人物の心情というのは、台詞に表れていますが直接的には書かれていません。台詞の裏を読む必要があります。どうしてその登場人物はそんなことを言ったのだろうか。どういう気持ちでその台詞をいったのだろうか。特に台本中のキーワードとなる重要な台詞には必ず意味があり、その裏に登場人物の心情があります。それを解析し「こうだったに違いない」と決めてあげることが心情の解釈です。注意してほしいのは、これも正解は存在しないということです。作者の思った「こうだった」と同じである必要はありません。台詞や状況から自由に想像して決めていいのです。だからこそ解読ではなく解釈と言います。

みにくいあひるの子で言えば、アヒルの子(ひな鳥)はどういう気持ちだったのでしょうか。一人だけ姿が違うことに「悔しい」気持ちたったのでしょうか、自分が情けなく「悲しい」気持ちだったのでしょうか、それとも本当は自分だってまけないと感じていたのでしょうか。実はアヒルの子ではなく白鳥だと分かったとき、「いじめてた奴らざまあみろ」と思ったのでしょうか、純粋に「嬉しい」という気持ちだったのでしょうか、それとも「自分を信じてよかった」と感じたのでしょうか。同じ台詞があったとしても、心情の解釈によってまったく違う表現になることは分かりますよね。(蛇足ですが、解釈の余地のない、台詞で心情や状況がすべて説明されている台本というのは良い台本ではありません。)


台本の解釈は最初に行うのが本来だとは思いますが、ある程度練習を行い、通し稽古ができるようになってから行っても構わないと思います。たぶん、(慣れないうちは)その方が最初の時よりも深い解釈ができると思います。台本はよく読んでみるとシーンごとに表現したい内容が変化しています。その小さな表現の変化が、全体としての表現に繋がっていますので、1ページごとに「ここはどういうシーン」という解釈を与えてみるのも(またその議論をしてみるのも)大変よい練習になると思います。

自分たちなりの解釈をきちんと与えたら、次はそれをどう表現するか考えてみてください。どう表現したら自分たちの解釈が観客に伝わるのか懸命に工夫してください。大切なのは、台本の内容が伝わることでも、物語を理解してもらうことでも、役をうまく演じられることでもないのです。あなたたちの解釈が、みんなが考えた想い(解釈)が観客に伝えられるかどうかが一番大切なのです

解釈の大切さというのがなんとなく伝わりましたでしょうか。解釈をして表現するということは基本であるのですが、プロ劇団(小劇団)ですらおざなりにされることがあります。大変だなーと感じるかもしれませんが、ここが演劇の一番面白いところですので、ぜひとも実践されることを願います。