トップ > 地区公演 > 桐生地区
最終更新:2009/12/21

場所:桐生中央公民館 - 2階ホール(JR桐生駅南口より徒歩5分)
日時:2005年3月26日(土) 9:40開場 10:00開演
入場:無料

時間高校名演目
10:00〜 桐生第一 寿歌(ほぎうた) 北村 想
11:10〜 桐生第一 PUUN! 甘夏ドリンカー
11:55〜 桐生商業 Say To You 小林 明日香
12:35〜 昼休み
13:35〜 桐生 いま、倒しにゆきます 莱夏悠杞
14:55〜 桐生南(きのこ族) それはちょっといやだ 作:SINEISEI
潤色:青山 一也
16:15〜 桐生南(MOWMOW3Sisters) FIGHTING 作:生方瑞希+高崎東高校演劇部
翻案:青山 一也
17:25〜 桐生南(MONGOL代表
/チェジウモウ)
わかった人は手をあげて 〜男子校編〜 青山 一也
18:15〜 桐生南(グッジョブ!+1) The Song Of Piese 〜詩歌〜 藍原ヒロモト

本情報は、桐生南高校の青山先生より頂きました。ありがとうございました。

■桐生第一高校

 

寿歌(写真左)。戦争が続く街(?)を一輪車で渡り歩く二人とそこに現れた一人の男のお話。 ……内容はほとんど覚えてません。PUNN!(写真右)。夜中に蚊と会話しちゃうお話。 いがみ合いながら最後にはなんとなく好感(友情)を感じてしまう。

あくまで発表会であって、 コンテストではありませんから辛辣なことは余り言いたくないのですが……ちょっと酷いです。 滑舌が……、発声が……、間が……。人物の差異や違いすらよく分かりません。 そもそも演技になってない。演じるということは、なりきるということなのですが、 仕草その他どれをとっても外面的なとらえ方、第3者的なとらえ方しかできておらず、 演じている(なりきっている)のでなく、モノマネしている程度です。基礎はもちろん、 友人のこと、学校のこと、社会のこと、なんでもいいから物事を外側からのみ捉えるのではなく、 その内部から見たらどう映るか考える練習をする必要があるでしょう。

■桐生商業高校

 

西暦2087年、社会秩序の崩壊した未来を舞台にした、一人の少年暗殺者の物語。 あるとき出会った訳ありの人たちの接触や心の邂逅。 人の温もりと優しさに触れる一時のそして永遠の時間は、やがて……。

本当のことを言うと前回の件もありまったく期待してませんでした。 ですが良い意味で裏切られました。真剣に書かれたお話作り(創作脚本の様です)、 そしてそれをきちんと劇として演じようという気持ち。 例えば写真でお茶(?)を飲んでいるシーンがありますが、 急須にお茶を注ぎみんなに配って、それぞれ飲んだり口に付けたりといった細かい演技付けをするなど、 気遣いと配所のあります。 台詞回し・演技ともに粗は目立つものの、 でも十分に心意気を感じることができました。

気になったこととしては、台詞回しがいまいち不慣れなこと、 暗転が異様に多いことと、ラスト付近の激情が演じ切れていないこと。 他校もみんなそうなのですけど、 感情的なシーンや演技を頭で考えて演じちゃダメです。 例えば、自分が誰かに対して怒るとき、怒りを感じるとき、キレたときどうなります?  気持ちの中の溢れ返りそうな、抑えきれない感情に任せて動きません?  「心の内側」から「外側という他人」に向かって感情が突進していきません?  とそんな風に感じました。

■桐生高校

 

学校で行っている部活(?)としての戦隊「ねむいんじゃー」を中心としたコメディー。 なぜか敵がいます。設立目的も敵の目的すらも不明ですが、そこは突っ込むのはヤボなのかな。 部長の心ない発言により去っていったメンバーたちが敵としてお出迎えとか色々そんなの。

今回もまた暗転が多い……。味方陣営、敵陣営の切り替えが主だから、 舞台を半分に仕切って照明で切り替えるとか、どうにかならなかったのかという気はします (どうにかしようという問題意識がないのかな)。 コメディーなのだから、演技はもっとオーバーにメリハリをハッキリ付けたほうが面白い。

作り込みの方向としては間違ってないし、それなりに面白かったと思います。 ストロボを使ったコマ送りの演技など凝った工夫も見られました (面白い演出でしたがちょっと目がチカチカしたのが難点)。 また、ホワイト(ブラック)役の役者さんの演技と声がよかったと思いました。

■桐生南高校

一校で4回上演というとんでもない技を披露してくれた桐生南高校。 ひとつひとつ触れてみます。

 

それはちょっといやだ(写真左)。 ビル屋上に訪れた社会人と、そこに現れた泥棒と、そこに住んでいた浮浪者。 3者が織りなすリストラと就労についての洞察。 真面目な作品を、適当にギャグを挟みつつソフトタッチで描いています。 屋上に現れたとき開口一番「やっぱり屋上はいいなあ……」と言うのはどうかと思いましたが、 それ以外は特に不満もなく楽しませてもらいました。 演技のメリハリの付け方、調子を強めるところと弱めるところによるコントラストやテンポの取り方がとてもうまく、 スポット2本で対面芝居をしてしまうところなども良い。 スポットライトに対する立ち位置を間違えるといったような基本的なミスもなく、すばらしい。 まあ、欲をいえば多少作り込みと勢い不足かな。

びっくりしたのは、昨年度の県大会、今年度の県大会、冬の演劇祭、今回と見てきて、 この男子3人組は(特に今年度の県大会後に)見違えるほど演技が上達しています。 この短期間にと正直驚きすらあります。 3年生なのか2年生なのかはわかりませんが、 もし次があるならばコンクールでも相当期待出来そうな感じがしました。

FIGHTING(写真右)。今度は女子3人による劇。 少し訳ありの母親と姉妹の物語。真面目なお話です。 男子3人と比べ、演技が頼りなかった印象。 多分脚本の意図としては、 リズム感とテンポでリアリティーを出すお芝居だと私は理解したのですが、 その点不満でした。 ただ、ラスト付近の感情を出す部分の演技は逆に良くできていました。 普段の自分たちも感情で動いていることに気づけば少し良くなるかな?  細かいこと云々よりも頑張ってくださいというところです。練習あるのみですよ。

 

わかった人は手をあげて〜男子校編〜(写真左)。 教室に見立てた舞台上で先生役一人による一人芝居。 どうするのかと思ったら、生徒は居るものとみなして先生役だけの台詞や仕草が見えるというもの。 難しいと思うのですが、あたかも生徒がいるように感じる、すばらしい演技でした。 基本的にはよかったのですが、お話の流れに起承転結が付けられたらもっとよかったかなあ。 最後、チャイムの音が大きすぎて台詞がかき消されてたのは意図した演出なのかどうか分かりませんが、 ちょっと残念でした。

最後。The Song Of Piese 〜詩歌〜(写真右)。 昨年度、今年度と2回に渡りコンクールにて桐生南の演出をつとめた方の、 作・演出・主演の劇。さて、演出として、役者としてどうだったのか。

劇というよりも漫才です。若手芸人の漫才を見たことのある人は分かると思いますが、 漫才というのは素人が下手にやろうとすると大やけどを負います。 それぐらい難しいものなのです。 それがどうでしょう。面白いんですよ。 面白いは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも飽きなかったのだからたいしたものです。 30分ほど通して、最後にはきちんとオチもつけて芝居にもしている。 さすがでした。

……と。ぜんぜん関係ありませんが、前回、今回と見て桐生南だけ若干お客さんの数が多めに感じたのは気のせいでしょうか(苦笑

●全体的な感想

演劇祭(発表会)は、 お客を楽しませさえすればよいものだと考えているのですけど、……難しいですね。 基本的なことが未だできてないところと、基本的なところを徐々にクリアしていくところと。

今回観てて特に気になったのは、なりきって演じるという点でした。 演じるということは内側から外側に向かって感情を発しなければいけないのに、 感情的な仕草や声を単に外側から真似ている役者さんの多いこと。 例えば、手の甲を目頭にあてて「うううっ……」ってやれば泣いていることにはなりますが、 それは誰もがよく知っている嘘泣きです。泣いているときの形を単に真似ている物まねに過ぎません。 泣くということは、気持ちが悲しみで満たされた結果として感情が現れているものなので、 もし演じるならば悲しい気持ちに浸って浸って、悲しいときに自分の心の中は頭の中はどうなるか 何を考えるかと丁寧に感じること。 そうすれば自然に手が動いて泣く演技ができます。これが内側から外側っていう意味です。

こんなエピソードを聞いたことがあります。 ある映画(バトルロワイヤル?)のある役者の怒りの演技がダメで、 監督(スタッフ?)がその役者の頭を強く押さえつけたそうです。 そしたらその役者、監督に対して「なんでこんなことされなきゃいけないんだ」と 本当に怒りが沸いてきて。そしたら「それだ」って言われたんだそうです。 それまでその役者は表面的なとらえ方で怒りを演じようとしてたんですね。 そうじゃなくて本当に怒れということを監督が気づかせた。 演じるときに大切なのは感情をわき上がらせること、 表面的な部分よりも内面的な気持ちを先に作ること。覚えておくといいと思います。