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(連絡先)わたなべ
watanabekinoka.net
場所:桐生中央公民館 - ホール
日時:2011年12月25日(日)
開演:10時00分
| 時間 | 高校名 | 演目 | 作 | 演出 |
|---|---|---|---|---|
| 10:00〜 | 新田暁 | ディナーがないっ! | 青山一也 | 古郡菜萌彩 |
| 11:05〜 | 桐生 | メンズマスター3D | 伊藤 匠 | 結城大輔 |
| 12:55〜 | 桐生女子 | Go To The Next World | 桐女演劇部 | − |
| 13:40〜 | 桐生南 | 既成台本 | 川端 舞 | − |
| 14:55〜 | 桐生市立商業 | 1億3000万人が空を見上げるとき・・・。 | 濱中 皓世 | − |
| 16:10〜 | 桐生第一 | クリスマス・キャロル(朗読劇) | チャールズ・ディケンズ | − |
桐生第一以外は、部員もしくは顧問創作台本のようです。
※写真は顔がはっきり見えないように縮小してありますが、もし掲載に問題がありましたら個別にご連絡ください。
作:青山 一也(顧問創作) 演出:古郡 菜萌彩
クリスマスの夜、姉妹を残して母親が唐突にでかけていった。・・・あれ、夕食がないんだけど、誰か作れるの!?
ステージ中央にこたつがおいてあり、部屋の壁らしきものが置かれ部屋なんだろうなってのは分かるのですが、この公民館のステージって板の間ですごく寒そうなんです(演技はちゃんとしてましたが見た目が……)。こたつ敷毛布(四角いやつ)ぐらい用意できなかったのかな。
夕食をもとめて奮闘する姉妹たちのコメディです。言われるまでもなく分かってるとは思いますけどコメディって難しいですね。1つはシナリオの問題。夕食作れないのは良いとして「冷蔵庫にすぐ食べられそうなものぐらいない?(探さない?)」「お金ぐらい持ってるでしょう?」「クレジットカードは暗証番号要らないよね?」「この年代の女子ならお菓子とか誰か持ってない?」「カップラーメンとかどこかに置いてない?」とか、コメディ的お約束であることは100歩譲れるのですが、数が多すぎてさすがに展開に無理がありました。これが1つの要因。
1年生ってことで、全体的に演技が初々しくってそれは微笑ましく観てました。ですが、それとこれ(感想)とは話が別。母。冒頭の母と姉妹のやり取り。(演技演出として)おっとりとした母に見せたいのだろうし、声のテンポや出し方に気を使っていたのは分かったけど少し抜きすぎに感じました。あまり母らしくない。それにこれだけおっとりとした無関心そうな母なら、出かけた後に「ヨッシャー!」とはならないだろうし、姉妹が「ヨッシャー!」と喜ぶにはその前のやりとりで母を疎がっている様子がまるで見えない。この後のこたつの押し合いは面白かったんだけど。
次女。次女はもっと普通にすればよかったような。声をはろうとしてたのか、緊張してたのか分からないけど、三女と四女(そして五女も)比較的元気があって勢いがあるので、次女はそれを上から「違うトーン」で眺めたり落ち着いた感じのほうがよかったのではないでしょうか? 静かに怒ったり、冷静に怖いこと言うのって声張るよりも背筋が凍りますから、そういう演出的判断もあり得たのではないでしょうか。五女ももう少し普通な部分があってもよかったと感じます。
細かいところですが、携帯の着信音が携帯の音っぽくない。BGMが鳴ってるのと区別が付かなくて混乱しました。音量の問題と、ミキサーのイコライザーで中域か高域を潰すとか何か工夫したほうが良いです。よく分からなければ一回携帯の着信音にしてそれを録音したほうがリアルですが、音量調整で充分だとは思います。
全体的に間延びしすぎかも知れません。反応に気を使ってるのは良いことなんだけど、会話のテンポってのものがあって、特にコメディってテンポの強弱で笑わせる部分があります。メリハリは気を使っていましたが、テンポは「弱」が多すぎた印象です。更にちょっと難しい話をすると、演劇のリアルのラインがぶれてた印象。リアルな演技っていっても、本当に日常会話のように話したらおかしいってのは分かると思います。とはいえ、演技演技しすぎるのも変。「どれぐらいの加減で演技をするか」ってラインがあり、これは最初から最後まで一貫してる必要があります。ですがたまにズレている場面があって「あれ演技やめちゃったの?」と見えるシーンがたまりありました。例えば三女と四女が言い合うシーンです。
でも、コメディを生かして積極的に笑いを取りに行ったことは買いますし、父・母の電話シーンは非常に面白かった。全体的に成功した部分も失敗した部分もあったとはいえ、ものすごく配慮して作ってきたことは分かりますしその努力は評価したい。テンポ等にもう少し配慮ができたらよかったと感じます。他校やプロのコメディの上演を研究し見比べてみるとなにか発見があると思います。
作:伊藤 匠 演出:結城 大輔
姉弟のところへ宅配便で謎のゲームソフトが届けられる。電源を入れると意識を失い、気づいたらゲームの世界に。3人の男の中から1人を選んで現実に連れて帰れと指示が……
引きこもりの姉と、それを心配する弟って構図でスタートするんですが、姉が元気ハツラツでちっとも引きこもりっぽくない。別に引きこもりだからって落ち込んでダークにしろとは言いませんが、でも引きこもりをする人は何かしら闇みたいな部分を持ってるわけで、それが微塵も感じられないのはどうしたものかなと思いました。「最後に部屋から出たのは3ヶ月前」って台詞が象徴的に引きこもりを説明しているのですが、その直後に、たかが宅配便を受け取るために簡単に部屋を出ていくのはどうなのでしょうか。
ゲームの世界に案内する案内人のような人物が居て、それが声だけで上から指示するのですが、音量が大きすぎてバランス悪い。頭に響いてくるという演出だとしても、音を大きくすることでは説明されたとは思えません。細かいことですが「ゲームの世界にご案内」って台詞はどう考えても要らないし(登場人物より先に観客にだけ状況を説明する意味が何もない。状況の変化、これからどうなるという物語の醍醐味をわざわざ殺している)、やけに簡単に状況を受け入れる姉弟にも違和感がありました。あと、25歳で助教授もあり得ない。外人のジョバンニがカタコトが欠点みたいにされているけど、それまでのシーンで充分意思疎通できてるとか、ご都合主義に感じます。
この辺りを突っ込んだらキリはないのですが、それを置いておけば、ゲームの世界に入った人同士で恋愛ゲームってのは面白い着想だし、腐女子ネタな「ウッホ」とかバカすぎたし、ジュバンニのカタコトは面白かったし(最後までこのままにすればよかったのに)、全体の演技が一定レベルあり安心して観ていられました。ナレーターを連れて行くってオチも(物語構造としての説得力不足はありますが)良い意味で意表をついていてよかったと思います。
作:桐女演劇部
現世とあの世の間にある案内所。そこへやってきた豊は、数日前に交通事故で亡くなったのだった。
案内所っていう着想は非常に面白いのに、特に何もドラマは起こらず、大した未練もなさそうに豊が現世に帰っていって、再び戻ってくる。戻って何があったのかもほとんど語られないので「ぽかーん」としてしまいました。
黒井(2名)と白井という人物が居て、黒井は豊を嫌ってるような物語構造になっているのですが、どこをどう見ても嫌ってるようには見えない。これまた「ぽかーん」。豊に対する、白井と黒井の関係性が演技からまるでみえてこなかった。これが原因で散漫さが増していました。
観ていて一番違和感があったのは「現世」という言葉の使い方。「現世」と「あの世」の間にある「現世でもあの世でもない世界」の住民が、「現世」という言葉を使うのは絶対におかしい。「現世」ってのは「今、私達が居るこの世界」って意味で、「現世とあの世の間にある世界」に居る住民(黒井や白井)の現世に相当するものは「間にある世界」であって、いわゆる現実に生きる人達の現世とは違うでしょう?
演技はある程度のレベルにあるし、ちゃんと演劇にしてきてはいる努力は分かるのですが、シナリオと演出が……。それと、死んでいることを説明するシーンでBGMを説明に使うのはやめたほうが良いです(参考)。
作:川端舞
西校演劇部。一人台本製作に当たる成美は、少しも進まない筆に悩んでいる。部活を抜けて土手で台本を書いていると北校演劇部員に声をかけられた。進まない台本と、西校演劇部で少しずつ起こるちょっとした事件たちと……
面白かった。まず台本が非常によくできている。創作台本を任された成美を主軸としつつ、あくまで演劇部を舞台にしながら少しずつ色々な物語を進めていく構成。演劇に関する演劇。序盤にコメディ的な要素を入れ込んで観客の心を掴みつつ、いくつかの要素をばらまいて進めていく。外部の人間として北校演劇部員を出す配慮もいい。演技などの完成度も高く「これ地区大会の再演だったりするの?」と思わず確認してしまったほど。
欲を言えば「以下省略」というフレーズが前フリの割にあまり深く意味をもっていなかったり、成美の気持ち、例えば「台本が遅々として進まないことを本人がどう思っているか」があまり見えて来なかったり(演技含め。成美役は台本執筆者)、それがせいで話の主軸が何なのか見終えてもいまいちピンと来なかったりという問題はあります。小野が部長に台本を渡した時点で幕は閉じるべきだったし、そこがクライマックスになるように全体を(それより前のシーンを)構成・整理する必要があったと思います。
しかしその点は差し引いても、これだけの完成度と中身のある台本を書ける人がいることは、県大会で顧問創作ばかりが並ぶ惨状(悪いことではないのですが)を考えたらすばらしいと思いました。
全体的にアホすぎる。そしてBL好きですね(苦笑)。どの人物も非常に立っていて、例えば固まってる女子部員6人のワイワイがものすごくよく出ていながら劇のメインを邪魔しないように配慮され、それでいて1人1人にちゃんと色付けがされている。人物の掘り下げがされている(のか、もしくは当人自身の普段なのか)。ギャグキャラたる部長や副部長も、場面ごとにちゃんと切り替えがされてりるし、そして北校の演劇部員は非常にいい味出してる。各人物間の距離感の取り方も適切。登場人物たちがとても魅力的に映りました。登場人物が魅力的な上演はやはり面白い。
もう1つ。雨音の処理。進行のじゃまにならないようにしながらも、ちゃんと鳴らしている。うまかった。あと、BGMを下手に歌うのがくだらなすぎてよかった。
気になったところ。日が変わってるのに、制服じゃないのに部員の服装が毎回一緒というのはどうなんだろう。服装で色付け見分けってのがあるのは分かりますし、ジャージだから変わらないのはたしかにそうなんだろうけど、少し変化をつける工夫もできたんじゃないかと思いました。ライト消したところで台詞喋らせたのはあまり良くなかったと思います。
そこまで爆笑とは行きませんでしたが、話筋に引きこまれてたってのもあるだろうし、笑いの意味でも面白かったと思います。
作:濱中皓世
ここは未来の首相官邸。石油輸出の停止でエネルギー不足に陥った日本で、笑いをエネルギーに変える笑い発電に奔走する。
台本を書き慣れてないのでしょうが場面転換が多すぎる。シーンの割り方を含めてTVドラマや映像作品を参考にしていると思いますが、演劇でそれをやると大変です。場面転換が多くても演出的工夫でうまく処理することも不可能ではないですが、特段工夫も無いのでただ単にひたすら間が悪くなっています。台本書いた人は、書いたときに想像した上演になりましたか? なってないですよね。演劇台本の構造についてもう少し勉強されることを勧めます。
笑いで発電とか「どこからそんな発想が出てくるんだろう」と着想は面白いなと思いました。こういった自由な発想・着想は素晴らしいと思います。ただ活かしきれてはいなかった。同じ状況設定や話筋を使ったとしても、総理大臣とかそういう難しいところに行かなくても良かったんじゃないでしょうか。主人公が総理大臣である必然性があるとは思えませんでしたし、設定としてプラスに働いているようにも思えませんでした。
上演中何度も見られたのですが、照明のないところで台詞を言わせるのは止めたほうが良いです。狙ってやっているのは分からなくはないですが、単純に「照明の付け忘れ」にしか見えませんでした。漫才の出来も(物語上は受けたことになっているのに)面白くありません。漫才含めですが、間の悪さが全体から感じられました。
難しいことに挑戦して、観客に納得させるところまでは行けなかったという印象でした。やりたかったというのは分かるのですけどね^^
作:チャールズ・ディケンズ 訳:村岡花子
朗読劇です。頑張ってるのは分かります。朗読劇でも劇には違いないし別に問題ありません。作品の選定にとやかく言うつもりもありません。でも……。
マイク使う必要あったのですか? 桐生第一の演劇部員なら普通に客席に声を届けることは可能でしょう。マイクのせいで、今そこで読んでることが声では全くわからない。朗読というリアルをわざわざ切り捨てる意味がどこにあるのでしょうか?
そしてもう1つ致命的な問題。朗読ってのは「読み聞かせ」とも言うのです。でも、この上演は読んでただけです。ちっとも聞かせてない。ずっと下を向いて、ひたすら読んでいるだけです。「自分の番で忘れずちゃんと読もう、ちゃんと読もう、うまく読もう」それだけです。その気持ちだけがひたすらに伝わってくる。客席にこれっぽっちも意識が向いていない。そんなものは朗読とは言わない。
子供の頃、図書館で本の読み聞かせとか経験ありませんか? 国語の授業とかで、先生が朗読してくれた経験はありませんか? それと比べて今回の公演はどうでしたか? TVのニュースキャスターは原稿を読んでいますが、意識はTVカメラの向こうにいる視聴者に向いてるでしょう。それと比べてどうですか?
地の文だから無感情に読めばいい、朗読だから読めばいい、台詞を覚えなくてもいい。朗読だからと軽く見ている気がしてならない。
以上ですが、唯一中央の主役だけは朗読劇してました。意識がちゃんと客席に向いていました。この方一人で全てを読んでもらったら面白い上演になったと思います。