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最終更新:2009/04/27

■吾妻高校 演劇部、第9回定期公演

場所:東吾妻町コンベンションホール「ふれあいの館」
日時:2009年4月26日(日)

部員の方から「是非いらしてください」とメールが来まして、都合が付いたため観に行きました。

■女や〜めた

作 安部いさむ(高校演劇Selection 2002下に収録)
演出 千川ともみ

 

あらすじ

女子校で性同一性障害をカミングアウトした彼女(彼?)を発端に、男女共学化についての話がはじまり……。

台本について

(劇をみる限り)この本はないだろう……と思ったのですが、帰宅して調べたら高校演劇セレクション収録とのことでした。確かに高校演劇セレクションでもたまにこういうのありますけど。最初に、3人ぐらいが状況説明的台詞を独白するのですが、その時点で「これは本がダメだなあ」と。

台本を読んでないのであくまで劇から受けた台本のイメージになりますが、人物像がとことんステレオタイプであって、地に足の付いていない(本の作者が飲み込めてない)台詞がとても多い。構成も問題があって、過去の男女像(家庭像)を演劇で振り返ることに観客の興味の引き込みもできないまま、誰も求めていない過去の時代における男女の役割を永遠と説明されます。他にも誰も求めていない演劇部員の説明とか。

本の書かれた時代からして性同一性障害はキャッチーだったにせよ、ジェンダーの話をせずに女子校共学化の話にすり替えて終えるあたりはもう体を成してないようにすら感じます。ジェンダーについても簡単に調べた程度の知識という印象。他にも色々ありますが、創作脚本ではないので(上演された人たちには無関係なので)これ以上は割愛。

上演について

本が本だから仕方ない面もあるですが、人物像がステレオタイプすぎてちっとも集中できませんでした。これは演技にも一因あって、特に進行役2人(日下と浅倉)が台詞を張って張って言っているのがネックでした。一番聞かせるべき進行の台詞が右から左に流れていってしまうという印象です。例えば、一方に深みを付けて、子供(観客)にゆっくり諭し聞かせるように演じれば、ずいぶん印象が変わったと思います。

もうひとつの問題はBGMだらけでした。コメディだからある程度は許されますが、全体の半分ぐらいにBGMがついていたので、これはやり過ぎ。演劇部が演じるときにいちいち区切りをつけるのですが、回数が多いのでうざったく感じました。唐突にエチュード的にやってしまえばよかったんじゃないかなと思います(台本ですが)。

細かいところだと、途中、東城(委員長?)が「木になりきってて聞いてなかった」というシーンがあり、肩をたたいて気付くんだけど(見落としたんじゃなければ)驚かないんですよね。教室で突然肩叩かれたぐらいにビクってしてほしいなと感じました。あと、アクションでコケたり滑ったりしてたんだけども、半袖でやるから腕が床に擦れるようで大変そうでした。長袖の方が痛く(熱く)なくてよかったですよね。人物それぞれの服装や見た目をきちんと分ける配慮をしていたのは良かったと思います。また、舞台下手(左側)のパネルの足が見えてたのはNGです(正面だけではなく観客席のどこからも見えたらNG)。

本の問題は本の問題なんだけども、コメディ慣れしてないなという感じもしました(昨年度県大会もですね)。コメディは多少リアリティを犠牲にして、緩急とメリハリを通常の劇よりも強めにつけます。「テンポと強弱と間」のやや過剰なメリハリがノリを生みます。おそらくこの本はノリ頼みでテンポを保つ演劇であるので(必ずそうする必要はないけども、そうしないと台本のアラが目立ってしまい相当に演出が難しくなる)、ノリを舞台上に構成できないと難しい。おそらくそれが辛いことに気付いてBGMに頼ったものの、BGMではそれを解決してくれなかったというのが真相でしょうか。コメディが得意でシリアスが苦手な学校もありますから(その方が多い気がする)、この辺は得意不得意なんでしょうか。

2本上演ってことで大変だったのもあるのでしょう。特に、2本目の方が力が入っていたようですので。そんな中でも、ここまできちんと上演した努力は買います。

■幽霊部員はここにいる

作 田上二郎(2004年全国台本/顧問創作、高校演劇Selection 2005上収録)
演出 山田礼子

 

あらすじ・台本

文化祭2日前。演劇部に登録だけして活動しない「幽霊部員」が演劇部稽古場に呼ばれた。そこに現れた部員たちは死んだはずでは……。

幽霊部員と、幽霊になっちゃった部員(役名表記「部員幽霊」)という洒落の効いた設定を使い、幽霊の部員が自分たちの想いを幽霊部員に託すというシンプルだけどとてもよく出来た本です。さすがに全国上演台本。

上演について

さっきの上演はなんだったんだと思われせる非常によく出来た上演でした。各人物にきちんと色づけ性格付けができていて(特にメインの人たち)、舞台上も8人がそれぞれきちんと動いていて、人物像がきちんと感じ取れました。幽霊の部員は顔に白ペイントをして分かりやすくしていました。生きている幽霊部員は、あんまり積極的に関わりたくないけどだんだん巻き込まれるという状況をきちんと見せていました。

演劇部の設定で、すでに上演したい本があり、それを「試しに幽霊部員に演じてもらう」ために劇中劇が多用されます。劇中劇で「演技をさせられる幽霊部員」と「演技をさせる部員の幽霊」というひとつ間違えば意味不明になる状況を、きちんと区切りを付けて観客に分かりやすく提示していました。この辺の見せ方に対する考慮は秀逸だったと思います。

細かいところでは、幕上がりオルガンを演奏シーンをきちんと演奏していたようで(BGMだったりして)、部室のように雑然とした感じも出ていてよかった。あと、部員幽霊のメイン(1?)の声たしかに良かった。声で得してる気もします。

ただ、幽霊である部員たちを伺いつつ演じるという部分は非常によくやられていたのですが、本当にそれだけでよかったのか。演技をさせられる幽霊部員たちがあまり抵抗しなかったのが気になりました。部活をすること「演劇をさせられること」に対する抵抗、恥ずかしさ、くだらないと思ってる、押しつけられたので単に反抗したいとか、その抵抗心の違いから来る抵抗の仕方の違いが出ても良かったんじゃないかなとも思いました(これは台本解釈なので、絶対そうすべきとは言えません)。

台本と演出について

高校演劇ではめずらしいことなのですが、きちんと成り立っていて完成されていました。それでは非の打ち所はないかと言うとそうとも言い切れない。感想を述べることが非常に難しいとずーっと考えていました。上演された劇を分解して台本に戻し、それをまた演劇にすると悩ましいところがあります。

幽霊である死んでしまった部員たちをどう見せるか。幽霊部員たちは、幽霊であることに気付いていたのか、いなかったのか。これが分からない。少なくとも結末までのどこかの時点で気付ています。幽霊であることに気付いたならば、それについて何かしら感情を持つはずで、その感情をいつどのように持ったのかが見えてこなかった。もしくは「何となく受け入れてしまった」という解釈なのかも知れないし、台本がそうであることを要請しているのかも知れない。

なぜそんなところに拘るかというと、結局幽霊部員の心の動きがこの演劇の肝であって、(劇中で)演技をやってみるのは心の動きを生み出すための行為に過ぎません。その心の動きの中に、幽霊部員たちの幽霊な部員に対する感情があります。演劇はアクションではなくリアクションだというのはよく言われることですが、台詞や動作のリアクションではなく心のリアクション。台詞と態度や動きや表情(視線)に出る変化が足りなかったのかなと感じます。

細かいこなとのですが、こう考えると顔の白いペイントは解釈が非常に難しい。幽霊だと思ってなければ驚くし疑問も持つはずで、幽霊だと思ってればその後の台詞に矛盾が出てきます。こうやって台本を真剣に解釈しようとすると、観客と幽霊部員たちの情報差はどうなんだろうか感じますし(幽霊部員は気付いてないのに観客は幽霊に気付いていること。しかもこの情報差は意図されている)、やや矛盾だらけになりますので舞台化は難しかったんじゃないとも思います。

演出でひとつ気になったのはラストシーンですが、喋りながら幕が下りてくるのは少し気になりました。「自己紹介しよう」より後は台詞なしで動作だけで表現するという方法もあったのではないかと思います(そうした方が本当に良いかは一考した方がいい)。舞台奥で幽霊な部員が天に召される別れがありましたが、台詞の裏でそれはどうなのかなとも思いますし、あくまで主役は生きている幽霊部員だと考えれば、3人の幽霊で今の部員たちをただ見つめているほうが、力を持ったようにも感じます。(台本への突っ込みになってしまうけど、4人の幽霊のうち1人が早く居なくなるというエピソードに自体必要性が感じられない。)

まとめ

とてもよく出来た演劇でありながら、何か物足りなさも感じてしまいました。もっともっと体を使って、台本の行間を埋めるように演じるといいんじゃないかなと漠然と感じました。

上に、個人的な解釈と演出の考察を書きましたが、それか正しいとは言えません。台本解釈は自由です。それが観客に対する説得力を持てばどんな演出でもいい。ただ、決して台本に縛られることなく、自由に解釈して自由に演出するともっともっと良くなるんじゃないかと感じました。

上演おつかれさまでした。部員のみなさんが細かいところまで配慮を重ね、「たったこれだけのシーンでもすごい時間と情熱をかけてるなあ」ということが分かる非常に熱心に創られた(それがきちんと伝わってきた)楽しい演劇でした。ありがとうございました!

■まとめ