館林高校「館高版 眠れる森の美女」

  • 作:吉田俊宏と館高演劇部(顧問・生徒創作)

あらすじ・概要

ある山奥に、美女を求めてやっきてたスーツの男と、ウクレレを抱えたアロハの男が居た。

感想

幕が上がって、舞台中央奥に落ち葉シートと、台なった高い位置に白い格好の美女が居て、「眠れる森の美女」が最初から視界に入るのがまず素晴らしい。上手と下手と中央と3つに照明を区切って、それぞれを別の場所としていましたが、上手と下手の謎の緑のオブジェは要らなかったように感じます。

スーツの男のスーツの袖丈が足りず中のシャツが見えてるのが気になりました。きっちりスーツを来てる人のほうが良かったと思います。

途中、2人が難しい理系な話の応酬をするのですが、これちゃんと理解して話してましたか? 実際に理解するのは難しくても最低限「理解していると観客が思える」よう演じる必要があります。早口で台詞を読んでる感がしてしまいました。

全体的に2人が会話をすることで物語が進行するのに、会話が台詞の応酬になっていたのがもったいなかった。相手の言葉を聞いて、それに対して反応して、とはなってなかったんです。相手の台詞が発せられて、それを頭の中で理解して次の言葉が出てくるので、相手の台詞を言い終わったら次に自分の台詞を言おうと思っていると、反応の演技にならなくなってしまいます。

途中出てくる老婆は布(ローブ)をかぶっていましたが、前が開かないほうが良かったかなと感じました。中の服装が見えると、不気味さが半減してしまいます。

この物語のキーとなる美女が、微動だにしないのはとても良かったです*1。この美女はオブジェじゃなく人(役者)でないと成立しないのですが、そこをよく分かって演出されていました。微妙に照明の外なのは狙ってやっていたのかな。狙ってやっていたなら見事だと思います。ガラスの靴(実際には銀の靴だったけど)の演出で期待させておいて放置プレイとかもう最高に面白かったです。

創作脚本で、まっすぐに会話劇を組み立てると興味の対象が無くなり「中だるみ」しやすいところを、「美女」という設定をすることで見事にクリアし、やりたいことを精一杯やってしまったこの劇には本当に感服しました。とてもおもしろかったです。

*1 : ガラスの靴を出す暗転中も動かないでほしかった

館林高校「1億分の1」

作:柳本 博(既成)

あらすじ・概要

文化祭のステージ発表も近づくある日の剣道部。弱小剣道部で唯一インターハイ出場を決めた伊集院が他の部員に暴力をふるったと顧問に訴える。やがて伊集院を裁く裁判もどきになっていくのだが、真相はどこにあるのか・・・。

「高校演劇Selection 2000上」収録作品。

感想

道着を着た剣道部員たちがぞろぞろと立ち、上手にホワイトボード、その左となりにトロフィーが置かれた台、さらに左に竹刀がささった傘ててみたいなものがあり、その左に椅子。更に左に剣道の防具がバラバラとおいてあります。ホワイトボードのさらに上手にも2つの椅子。剣道場って設定なのかなあ。

設定上、伊集院が怖くて嫌なキャラなんですが、嫌はともかく怖くないんです。上原主将のほうがドシっと構えて強そうに見える。この時点でちょっとなあ……。伊集院って暴力を振るうような人物なんですよね。その割にいい人に見えてしまう。嫌味っぽさも少ないし、強そうでもない。多分演じてる生徒はいい生徒なんだろうなあ……。性根が腐ったような悪さ、社会とかに対する不満みたいなものも何も見えない。先生の前では顕著に態度を変えるとか何かできなかったのでしょうか。これは別に伊集院役だけに限ったことではなく、他の部員も恐れている感じがしません。それは台詞ではなく、人物の距離の取り方、態度、ふれあい方に見えないのです。

高校演劇では少数派のせっかくの男子だらけの演劇部なのに一人芝居が多い。一緒に動いたり、相手に詰め寄ったり、近づいたり離れたり、殴るフリしたり、竹刀でふざけてみたりという、男ならではの迫力を生かした体と体の演技が非常に少ない。例えば、野々村を呼び出すために「お前、携帯番号知ってるだろう」って言うシーン。手とかで相手を指したりしません? 「お前」って言いながら肩叩いたって不思議じゃない。動作の演技もいい加減で、肩もみ再現シーンの肩もみがいい加減。殴るシーンで本当に殴るわけには行かないのは分かりますが、肩もみシーンで本当に肩を揉んではいけない理由は何かあるのですか? 台詞の演技はよく練習されていて、間やメリハリも配慮されていたのですが、そこに意識が行きすぎて体の演技が随分とおざなりになってしまったと感じます。

もう1つ、台本の欠点でもありますが先生がよく分からない。こんな先生居ないだろう。台本に書かれているだろう台詞自体が下手くそです。もうこれはギャグキャラにするぐらいしか思いつかないのですが、その割に演技が真面目なんですよね。台詞直しても良かったんじゃないでしょうか。

全体的に

伊集院が悪キャラになりきれておらず、恐れてる様子も見られなかったことが致命傷でしょう。主将を初め台詞の強弱の付け方や、全体的な間の使い方は比較的うまかっただけに残念です。あと、テーマ的に「1億分の1」の人間であるなら、全体の話筋と主題が関係がない。台本の欠陥なんですが、演出で配慮されフォローされているわけでもなかった。

しかし、ラストの文化祭シーンでの剣道部の上演は非常に格好良く、男子校の良さが存分に発揮されていたと思います。綺麗だった。でもこれ話筋と関係ないんですよね(苦笑)

館林高校「アル・ストーリー ~神はサイコロを振らない~」

脚本:袋小路 落武者(生徒創作)
演出:(表記なし)

※創作脚本賞

あらすじ

3人の(いい加減な)神様は、いちいちうるさい天使のアルを天使の羽を奪って地上に追い払った。そのアルがやがて大発明をするが、それを神への冒涜としてアルを殺そうとする。

主観的感想

【脚本について】

高校生だから書けた脚本と言えます(良い意味でも、悪い意味でも)。思いつきで「こうやったら面白いよね」と話を数珠繋ぎに繋いでいって「このあとどうしよっか? じゃこうしよっか」と構成はあまり考えず数珠のように繋いでできあがった脚本です。やっている本人たちが楽しんでるのはよく分かりますが、多くの観客が総引きであることは気づかなかったのだろうなと思います。

内容としては詳しい粗筋を書くことすら危ぶまれる、「各方面に差し障りがありまくり(講評より意訳)」という言葉がすべてを表しているものです。ではなぜこれが創作脚本賞かといいますと、今年は特に秀でた脚本がなかったため、ある意味で「突き抜けてしまった」この本に与えられたのだと思います。特段、優れた本だとは正直なところ言えないと思います。

この見事なまでの突き抜けっぷりは、もはや内容や構成を議論するレベルではないと思いますが、2点だけ。暗転回数11回(以上?)というのは約5分に1回は暗転しているわけで、演劇の表現手法として問題ありだと思われます。また、(差し障りのある)コメディならそれとして完全に突き抜ければよかったものを、これまた下手に戦争なんてネタを安易に持ってきたものだから(安易に持ってくると大やけどする題材です)、もうどうしょうもなくなっています。

【脚本以外】

お約束のように演出が居ない。途中カーターという人物が出てくるのですが、演技がまるで出来ていません。アル役の人が羽を取られ人間界に送られた後、白衣を脱ぐシーンがあるのですが、白い羽がついてます。笑いを取るためのネタなのかもしれませんがあまりにお粗末です。同様に「今朝の夕刊」という台詞もあります。

【全体的に】

笑いのネタからも分かるように、そういう意味で細かく作り込んできているのですが、作り込みの方向性がかなり間違っています(お客を置いてきぼりにしています)。

もっとも、やりたいことをやりたいようにやって突き抜けたことには間違えないと思われますし、やっている方が楽しんでいたのも間違えなさそうなので、それはそれで良いことだと思います(評価はまた別問題ですが)。ただ、もし観客に対して見せたい、自分たちの演劇を理解してもらいたいと思うのならば、それ相応の配慮や努力が必要だとは感じました。

審査員の講評

【担当】石村
  • 始まってまず出オチかと思ったが、荒削りながらちゃんと演劇になっていた。
  • 間とか頑張っているが、発声とか足りない部分があったと思う。もっと基礎訓練が必要で、どういうところが足りないか各自よく考えてみるといいと思う。
  • 台本について。すごく面白いという声もあったけもど……。各方面に差し障りがある台本で、それによって設定は面白くなったけれど、もちろん(差し障りを恐れて)閉じこもっちゃうよりはいいかも知れませんが……。(観て)不快に思う人があまりいないようにした方が……(編注:とても言いにくそうな感じで言葉を選んでおられました)。
  • 全体的にお話は面白かったが、日頃の訓練に励んでほしい。