桐生南高校「通勤電車のドア越しに」

脚本:金居 達
翻案:青山 一也(顧問)
潤色:金居 達
演出:桐生南高校演劇部

あらすじ

発車間際の電車に飛び乗った黒木(OL)は、突然開いた反対側のドアに首を挟まれてしまった。電車も止まったまま。たまたま一緒に乗り合わせた後藤(女性部長)と井出(部下/女性)はドアを開けようとするが開きそうもない。そんな中やりとりされるコメディ。車掌を呼びに行く上司と部下、そこへ通りがかる小学生。やがてやってきた車掌は扉を開ける気が全くなく、自分の話をして去っていってしまう。やがて先ほどの小学生もやってきて……。

脚本について

脚本を書かれた金居達さんは(パンフレットと漢字は違いますがこちらが正しいようです)高校時代に県内で演劇をなさっていた方のようで、現在は劇団を主宰なさっているようです。またこの本は静岡の浜松海の星高等学校も上演しています。内容的には「コメディ+ちょっといいお話」という演劇のひとつの定型です。

主観的感想

昨年度の地区発表会から期待していた(想い入れの強い)桐生南ではありましたが、心苦しいながら正直なところ期待はずれだったと言わざるを得ません。なんと言っても致命的なのはメインの女性3人の声がよく聞き取れなかったところ。ホールが反響しやすいこともあるとは思いますが、通常でも聞き取りにくく、まして2人以上台詞がかぶると何を言っているのか全くわかりません。頑張って発声しているのはわかるのですが、(講評にあったとおり)そのせいもあって似たり寄ったりの声質になってしまい声の色がなかったのが一因かもしれません。

コメディの間や止めを意欲的に使っていて、この点だけでも大きく成長していると評価したいのですが、その一方でせっかく考えたコメディも声が聞き取りにくいことから内容の理解がワンテンポ遅れてしまい、笑い損なう=笑う要素を理解したときには先に進んでいて笑うに笑えないという事態に陥ってしまいました。とにかくハイテンションで笑わせっぱなしにしてやろう、という意気込み(方向性)は間違ってないと思うのですが(そうしてこそ成り立つ劇だと思います)、そこが失敗してまったせいで劇自体の印象が悪くなってしまったことは否めないと思います。

舞台装置は電車という大がかりなものをよく作り込んでいました。月夜もうまく(綺麗に)表現したなあという感じで好感を持ちました。一方で、装置をあれだけ作り込んだからこそ車輪が気になるという声も聞かれましたし、車両の空間が妙にだだ広く感じたりもしました。動作(アクション)の関係もあるのでしょうが、もう少し車両の見える部分を狭めてこぢんまりとさせてやるほうが、劇に味が出たように思われます(例えばそうすることでほかのお客が見えない部分に居るという演出も使えたと思います。それが必要かは別として)。

途中小学生が電車の前を通るのですが(見た目が見事な小学生っぷりでした)、そのとき通った場所は「駅のホーム」なのか「線路脇の道路」なのかよくわかりません。黒木は電車に乗り込んだあと首を挟まれたわけですから、そのまま駅に停車したまま動いてないと思われるのですがOLが乗り込むような駅が片側ホームの田舎駅……? というのもやや疑問が残り、その辺気にし始めると疑問だらけになってしまいます(完全にフォローするのは無理ですが)。途中、車掌がダンスをやってたという設定が出てくるのですが、その割にうまくなかったりするのも笑いのネタにするなどのフォローがほしかったところ。

【全体的に】

ラスト10分はお約束の心理劇で幕を閉じるわけですが、この辺も伏線不足。もっと前半から抑圧なり悩みなりの描写がほしかったところです(笑いに走りすぎ)。繰り返しになってしまいますが、声が聞き取りにくかったせいで演出意図をくみ取ることも(まして考察することも)難しくなっているように感じます。上演時間60分ギリギリ(またはオーバー?)で、去年もそうだったと思いますが若干詰め込み過ぎではないでしょうか。おそらく演技を付けていく段階で量が増える傾向にあるのでしょうから、脚本の段階で上演時間より少なめにしておけば、演出(演技の付け方)の幅も増えるように感じます。

と色々言いましたが、開かないドアが間違って開いたりしないかとハラハラしたもののきちんと表現されていましたし、笑わせどころはきちんと押さえていて去年と比べたらすごい成長です。よく頑張ったと思います。個人的なことですが、やはり地区大会を(桐生南だけでも)見に行くべきだったのかも知れません。ひとつだけ(生徒に)アドバイス。「こうしよう」「あうしよう」という前向きな思考だけでなく、時に「これでいいのか?」「何か足りなくないか?」と立ち止まって振り返ることも大切であると心に留めておきましょう。今後も期待しています。

審査員の講評

【担当】光瀬
  • 舞台装置を大変よく頑張りましたが、頑張ったところは目立ちます。今回の横長装置は一番目立たせなくてはいけない黒木が正面を向いていて目立っていなかった。装置は演劇のためにあるのにその役目を果たしていない。そのせいで、途中黒木の状態がエロいという話があったが観ている方には少しもエロくなかった。正面を向けずに斜めにしてはどうだったか。
  • 車掌の回想シーンでは(コメディなのだから)電車から飛び出してしまってもよかったのではないか。
  • ドアの開閉も、手で動かしているのが見えているのだから、暗転しないでそのままやってしまっても良かったのではないか。
  • ホールの特性もあるのでしょうけど、年代の近い3人の女子が同じように頑張った声を出してしまうと、声質が似てしまって聞き分けられない。例えばまき(編注:小学生役)が裏で話している声はまったく分からなかった。声の音色を出すようにした方がよい。
  • 車掌が早口で説明を言うときは、感情を入れないで「敢えて棒読みにする」という演出もあったのではないか。
  • 演技のテンポが一定で間の変化がない。もっと間やトーンやテンションなどに変化を付けないと単調になる。
  • せっかくギャグをやっているのですが「とりあえず触っておく」の「とりあえず」で登場人物の方が笑ってしまうと、観客は笑えなくなってしまう。
  • 黒木が母になったときの変化がない。職場の顔と母の顔というように劇中で人物像が変化する場合は目立つので、この劇の場合は「母になった黒木」というのを目立たせるとよかったのでは。
  • 扉(ドア)を開けようと力を入れるときのふんばる声で電車のアナウンスがかき消されるというシーンがあったが、実際には聞こえない部分のアナウンスを飛ばして(消して)いた。そうではなく、実際にアナウンスがかき消される方が(演劇としての)リアリティがある。本当に起こっている現象は演技していることよりも大変よく目立つので、そういう部分では本当に起こっているというリアリティを出すべき。
  • 扉を開けようとするとき、本当に力を入れているのがよく分かって、この点は良かった。
  • 途中、車掌の話と関連してダンスがあるが、どうせなら黒木が踊れないようなダンスにして、一人話に置いて行かれている構図を出す方がよかった。
  • 黒木が最後に謝る理由がよくわからなかった(観客に伝わってこなかった)。