前橋市立前橋高校「笛男 ‐フエオトコ‐」

作:亀尾 佳宏(既成)

あらすじ・概要

帽子をかぶった男、明夫が電話をしている。明夫はどうやら人を待っているようだ。そこで回想する子供の頃の出来事。子供のアキオはこの場所でダイスケ、ユウイチ、ユミの4人で遊んでいた。

感想

まず言わせてください「どうしてこれを入賞にしないのだ」と。それぐらい群を抜く完成度でした。

冒頭の回想で、明夫とアキオ(子供)の台詞を重ねることで同一人物であることを説明している。まずそれが上手い。回想シーンに入り、公園らしき場所。下手に灰色の板を重ねたもの、中央に3段の階段状になった長めブロック、上手に木の棒が何十本も積まれている。おそらくは公園だと思うのですが、このリアルすぎない抽象的な公園イメージがこの演劇にはよく合っています。

特筆すべきは小学生4人の演技でした。男の子二人、ダイスケとユウイチ。二人が好意を寄せるユミ。ユミに気にかけられているアキオ。アキオのことを邪魔に感じているダイスケとユウイチ。この4人の人間関係がきちんと演じられていました。それは表情であり態度、人物たちの距離感(心の距離、物理的な距離)です。登場人物たちの関係性をここまで明確に演じる高校は県大会ではまず見ることはありません。小学生4人は女子4人が演じているのですが、ちゃんと男の子してる。格好とか喋り方だけでなく、動作や人物位置がものすごく洗練されている。少し足を開き気味に、腕を開き気味な男たちと、足を閉じ気味で肘も体に寄せ気味のミキ(女子)。そして過剰ではない。終始、完璧に隙一つなく「本当にこんな小学生居るよな」という感想を通り越して、もうそこに小学生が4人居るとしか思えない。

現在の明夫と回想の中の「(不審な)おじさん」が重なるシーンの見せ方でも「ズレた」感じがきちんと演出されていて見事だったし、小学生の下手なリコーダーとおじさんの上手なリコーダー、それが教えてもらって練習してうまくなる(でも完璧じゃない)という演出も非常にうまくされていました。ラストシーンも綺麗でありながら必要十分だった。

見事すぎて突っ込みどころがないのです。あえて突っ込むとすれば、(現在の)明夫がもう少し大人っぽく演じられればよかったかなと思いますが、発声や背格好などは役者の限界があります。明夫ひとり語りシーンでのサスとの位置関係で顔や下半身が完全に影になっていたのを、多少後ろに下がるとか横から軽く光を当てるとか、ミキサーでミュートにせずただカセットかCDか何かを止めただけだったので、常時スピーカーから「ジー音」がして気になったとか本当にそれぐらいしかありません。

全体的に

講評で1回観ただけでは意味が分からないということを指摘されていましたが、個人的には充分理解できましたしこれで充分だと感じます。講評で別の方から出たこれ以上変にいじらないでほしいという意見に同意です。たしかに、他の観客に全部意味が伝わったかというと、上演後「結局おじさんと明夫の関係は?」みたいな雑談が聞かれたので安易に肯定はできないでしょう。しかし100%分からせる必要があるのかないのか。

改善点を挙げるなら、現在の笛男である明夫の舞台進行に合わせた心理変化をもっと表現する方法がなかったのかという点です。新たに娘を受け入れ、この先の生活や境遇の変化を受け入れようとしている明夫が過去の回想から何を感じとったのか。笛先を入れ替えて吹いてみるまでの心境変化は何だったのか。主役である明夫の、台詞ではない演技でミキちゃんや過去の自分自身、そしてまだ見ぬ娘に対する心理というものが演出されたなら完璧であっただろうとは感じます。

講評でほとんど批判的意見が出なかったことからも分かる通り、ほとんど突っ込みどころがありません。他校にはこの上演をよく研究して見習ってほしい。それぐらいの見事な上演なのにどうしてという感じです。関東大会行って欲しかったし、この学校を関東に行かせるべきだったと個人的には思います。