高崎健康福祉大学高崎高校「パレード旅団」

  • 作:鴻上 尚史(既成)
  • 潤色:健大高崎高校演劇部
  • 演出:(表記なし)

あらすじ・概要

かつない強風の台風によって翻弄される7人の一家と、一家の中にあるちょっとすれ違ったお互いの関係。台風により一家はついに家ごと流され、絶体絶命の危機。しかし、そのとき話されたのは家族についてのことだった。

感想

パレード旅団で検索すると色々出てきますので、そこそこ有名な台本みたいですね。

この舞台は背景のホリゾント幕に効果を表示して台風を表現するシーンと、ちゃぶ台を持ってきて家族のシーン。この2つで進行していきました。

体を目一杯使って、楽しそうに表現していたなと感じる上演で、ゆかいな家族なんだなということが伝わってきます。途中、水が家の中に入ってきたシーンで、「H2O 水 ウォーター」と書かれた水色の幕を見せたのは特に面白かった。

気になった点を箇条書きにします。

  • 何を言っているのかわからない
    • 目一杯声を張っているのできんきんして、ほとんどの役者が何を言っているのか分からないのです。よく聞いていると、お腹から声が出てなくて喉で発声してるんですよね。「発声の基礎練習が圧倒的に足りてない」→「声が聞こえない」→「声を張る」ということなんでしょうが、それは誤魔化しです。聞き取れれば相当面白かったんじゃないかなと思うので、非常にもったいない。
    • そして多分60分用に作られた台本ではないので、かなり早口になり、これがまた聞き取りにくさに輪をかけています。もっとシーンを削って絞っていくべきだったでしょう。これだと単なる台詞の言い合いであって、演技・リアクションになってない。
  • 家族の中にポチ(犬)が入っているのですが、それが舞台からは全く伝わってこない。
    • 途中でポチって呼ばれて「あぁ犬っていう設定なんだな」ということは分かりますが、その設定を飲み込んだ後でも犬らしさが全く伝わってこない。しぐさ、見た目(衣装)、動き方。いくらでも表現する方法はあったと思います。そこが伝わらないと、ポチに関するシーンの魅力が半分以上失われてしまいます。
  • 台風の中という印象がとても薄い
    • ガラス(瓦?)の割れた音がしたとき「泥棒でも入った?」「近所の子供が石でも投げた?」という印象がありました。舞台を観ていても台風の中と思えないのです。かなり重要な設定なのに、そこを蔑ろにしてはいけないと思います。定期的に、タイミングを見て風音を流すとかが妥当だと思うんですが、この上演だと早口でしゃべり続けてるのでそれも難しく。そもそも、家にダメージ=割れる音というのは安直ですし、他の効果音の使い方も含め(使ってる音源の若干の不適切さも含めて)いちいち全部説明的なのも気になりました。
  • 停電したはずなのに明るい
    • 停電したはずなのに、ちょっとしたら急に明るくなってああ電気回復したんだと観客は思うわけですよ。ずっと薄暗いのが見づらいとしても最初と同じレベルで明るくしちゃダメですし、明るくするにしても気付かれないように徐々に光量を増やさないとダメです。そういう雑な照明処理をするからますます台風や家が流されている危機感・臨場感を失っています。

台風という目前の危機と、家族の関係を描くことが特に重要な台本なのですが、それには色々と足りなかったかなと感じました。台本も色々と突っ込みどころはありますが、「家族」を「役割」とは何かという側面から問いかける面白い台本を選んできたなと思います。

とても楽しそう力いっぱい演じていることが伝わってきて、それだけでも微笑ましかったです。上演おつかれさまでした。

渋川高校「猫ふんじゃった」

  • 作:別役 実(既成)
  • 演出:渋川高校演劇部

あらすじ・概要

舞台中央に畳が何畳か置かれ、上手にゴミ箱のような段ボール、下手に該当と公衆電話。そこに通りがかった男女が、休憩のために少し休んでいく。すると公衆電話に電話がかかってきて、アメリカ大統領の身代資金として84億円を請求された。

感想

去年に引き続き「別役実」作の台本ってことで結構期待して見ました。この捉えどころのない不条理な会話劇大好きです(笑)

意味もなく出てくるおまわりさん、意味もなく電話しようとする登場人物、元々そこで仮住まいしていた夫婦がやってきて、身代金の相談。この作品もくだらない、本当にくだらない(褒め言葉)

ただこの台本、登場人物に圧倒的な演技力が要求されるんですよね。大人の緩みや余裕みたいなものが演技にでないと台本がそもそも成立しないのです。無理に声を張ることなく、緩んだ丁寧な演技を心がけていて、とても頑張って演じていたと思うのですが、残念ながら台本が要求する演技レベルには達していなかった。

細かいところだと、電話の音が鳴るシーン。登場人物が誰も驚かないんですよね。次に電話が鳴るって分かってるから。演じてる役者は電話が鳴ることはわかってても、中の登場人物は分からないので驚かないといけないのです。同様に、相手が次に何を言うか役者は分かっていても、登場人物は分からないので「相手の台詞に」反応しないといけないのです。反応の結果として、次の台詞が出ないといけないのです。これをリアクションと言います。

演劇は、ましてこの台本はリアクションが生命線なのです。そのリアクションがちょっと足りなかったかなと感じました。


でも電話の演技とか違和感なく出来てましたし、本当に頑張って演じていたと思います。上演おつかれさまでした。

県立前橋高校「マルス・プメラ ~小さな島の不思議な実の物語~」

  • 作:星野 孝雄(既成)*1
  • 潤色:前橋高校演劇部
  • 演出:養田 陸矢
  • 優秀賞(関東大会へ)

*1 : 劇団の人らしいのですが情報捜索中。県内の劇団や現在は高校演劇に関わっていらっしゃる方で、今回の台本は書きおろしだそうです。情報提供ありがとうございます。

あらすじ・概要

隣り合う2つの国、その国境付近にある小さな島です。その島には、南北に国境線が引かれていて、東西をそれぞれの国が治めていました。しかし最近、国境付近の海域から永久に尽きないエネルギー資源が発見されたことにより両国は戦争状態になります。

この物語は、そのエネルギー資源をめぐり、両国からひとりずつこの島に青年兵士が派遣されるところから始まります。

感想

上のあらすじですが、上演の最初に説明されるあらすじの抜粋です。「えっそんな、いきなり説明台詞導入ですか」と少々びっくり。説明役による舞台進行はあんまり良い印象がなかったのですが……。

舞台中央に、一番手前まで黒いテープが貼られ国境線になっています。中央に桟橋があり、奥が海らしくホリで青く表現されています。砂浜という設定らしい。上手と下手に旗があり、箱などちょっとした小道具があるだけです。簡素なんです。SEで波音が少し聞こえてるだけ。でも幕が上がるとそこが砂浜に見えてくるんです

男子校で、しかも7人しか部員の居ない部活の上演です。スタッフも全部含めて7人です。装置にだってお金も時間(人員)もそんなに割けなかったはずで、そんな限られた条件の中で工夫して、きちんと砂浜を(演技による力を含めて)海辺を説得力を持って作ってきた。素晴らしいとしか言いようがない。

銃を持って向かい合う二人の兵士。もうこの二人の演技力がすごい。すごすぎる。

  • リアクションがとても上手い。相手に対する反応がきちんとできていて非の打ち所がない。
  • 動きを合わせるところでは本当に綺麗に動きがあっている。
  • それでいて間の使い方もよくわかっていて、台本の面白さをちゃんと笑いにできている。

その辺の小劇団でもこのレベルの上演は少ない。2日目の上演まだ見てないけど、もうこれが最優秀賞じゃないの?(笑)

国境線は絶対に踏み越えない。踏み越えないのに、その上で手を交わして交流する。銃を向け合うこともありながら互いに交流する。でも国境線は踏み越えない。二人の人物がどんなに気持ちを近づけようとも、どんなに二人の距離が近づこうとも、国境線は踏み越えない。それが、この二人にとって国境線がどんな意味を持つのかってことをこれでもかというほどに観客に訴えるのです。

またこの上演では歌を歌うシーンがあります。数々の無駄に歌い踊る上演を見てきましたが、この舞台ではが本当に素敵に美しく使われていて、しかもみんな歌が上手い。あーもう演技でこれだけのもの見せて、歌シーンもこんなに魅力的なんてずるいよ(苦笑)

主役の2人だけじゃなくて、他の役者も本当に適切で上手かった。


めずらしく絶賛になってしまいましたが、ひとつだけ気になったことがありました。それは銃の扱いです。2人とも同じ機関銃を使っていましたが、機関銃って10kgぐらいあるんです。あんなに軽そうに持ってはいけません。中に重りを入れるといいと思います。

本当に面白い上演でした。楽しかった、もう一度見たい。

桐生市立商業高校「わが家のあかし」

  • 作:中原 久典(既成)
  • 演出:(表記なし)

あらすじ・概要

春菜、夏代、秋穂の3人姉妹の一家。ある日、次女の夏代が彼氏を家に連れてくるという。それに右往左往する父親と、家族たちのコミカルな劇。

感想

面白い台本ですね、これ。コメディでありながら、一本話の筋を通していて、説明し過ぎない台本。最後にはちゃんと収束させているのがまた素敵です。

さて幕が上がって、後方に一面の白い8尺パネルで中央にドア。下手にソファー、上手にテーブルと椅子。リビングっていう設定っぽいです。それにしては中央の空間が少し気になってしまった……。この空間はもっと狭くして近づけたほうがよかったような気がします。

中盤、下手で家族たちが、上手で部外者がそれぞれ居るシーンでは、距離が少し遠く感じてしまったのですよね。家族と部外者なので、あんまり近いのもおかしいのですが、それにしては少し遠かった印象。だだ広いと寒々しさを感じまして、これがこのアットホームな上演には不釣り合いなんです。照明ではなく*1移動する範囲が部屋であることにして、後ろの幕をもっと寄せて部屋空間を狭めることはできたのではないかと感じました。

装置といえば、途中から忽然と消えた壁の時計は一体?


この台本、下手をすると笑いが取れずに寒々しいだけになりかねないのですが、父親や彼氏のキャラ立ちがしっかりしてたおかげで面白い上演になっていました。特に、お父さん! いい味出してたなあ。ただ、シリアスシーンではちょっと違和感を感じることもありましたけども、ある程度しょうがないのかな。

ひとつ大きな違和感を感じたのが、日記のダンボールから冬彦の日記を読まれてることを父親や母親が気づいたシーン。台詞には出さなくても、もっとびっくりしません? もしくはそれが意図したものなら「しめしめ、思い通り見つけてくれたな」って反応をしませんか? ほぼ無反応なのはおかしいと思うのです。

それも含めリアクションはちょっと甘かったかなとも感じましたが、それでもきちんと演技され、声もよく聞こえ、分かりやすい上演になっていたと思いました。

でももっと良くするならと考えると、そこはやはり3姉妹かなと思います。高校生が演じるので難しいのは分かりますが、それでも3人が並んだ時に誰が長女で、次女で、三女かということが伝わってこなかった。長女と三女は5歳差でしたっけ? 舞台からは全然伝わってません。

演じ分けも立ち居振る舞いや動作速度によって色々と工夫する要素はありますが、一番簡単なところで服装をもっと工夫できなかったのでしょうか。そう考えると、服装を分けるにあたって夏服である必要あったのかな? 夏服って服装を変え辛いのです。母親のエプロンは良いアイテムだっただけに、3姉妹ももう少し分かりやすくしてほしかった。

3姉妹の関係性がパッと見でわかりにくいせいで、関係性がより見え辛くなっていてます。それぞれがそれぞれに対してどう想っているか伝わってこない。そして、キャラを優先させすぎて想いの面で少し弱くなってしまった父親、全体として印象が弱かった母親。母親を母親らしく見せるには、母親自身の立ち振舞(結構頑張ってたと思います)の他に、母親に対する娘たちの視線や接し方もとても重用です。他の人物に対しても全てそうです。

この台本を成立させるのに一番大切なことは分かりますか?

それは尾崎家5人の関係性です。その関係性は台本には直接書かれていませんが、だからこそ上演するときに解釈して伝わるように演じる必要があります。それが不足した。本当にそれがもったいない。


とはいえ、終盤に向けて観ている側をグイグイと引き込んでいく面白い上演だったと思います。カッターは見た目よくわからないけども、カッターの音でちゃんと伝えるとか、色々工夫もされていました。上演おつかれさまでした。

*1 : この劇場の照明はあまり自由が効かないようなので

桐生南高校「ファミコン!」

  • 作:栗田 綾菜(顧問創作)
  • 演出:齋藤 玲也
  • 創作脚本賞

あらすじ・概要

3兄弟と父と祖母の5人家族。姉は大学生となり家を出て行き、やがて認知症が進んでいく祖母。その中で、家族のために頑張る高校生つぐみは何を思うのだろうか。

感想

広いステージにちゃぶ台と上手にテレビを置いて、奥に板と少し高くなった場所に何やら荷物がある舞台でした。何かと思ったら、奥の高くなったのは2階の子供部屋だったらしい。

  • 役者がそこに行くまで部屋と分からなかった。
  • その場は暗くて演技に適さなかった。奥の子供部屋にスポットがあたっているのに、手前の居間(ステージ)のほうが明るいことがあった。

演劇の文法として、一番明るいところが今お話が進んでいる場所なので違和感を感じました。ピンスポを使うなり何か工夫できなかったのかな。あと手前と奥の出入り口に、白いのれんがかかっているのだけど、のれんの固定位置が8尺(天井の位置)なので違和感があった。人員や予算の関係で舞台装置にどの学校も凝れるわけでなはないのですが、のれんの位置はどうにでも出来たはずなのでちょっともったいなかったです。

子供部屋、そこまで重要な役割はしていなかったので、少し工夫すればそもそも用意しなくても作れれたのではないでしょうか。

台本について

TV的な台本という印象が強かった。

  • 優太とおじいちゃんのエピソードシーンや、その挿入タイミング、全体で担う役割があまりに説明的
  • TVのニュースによって情報を与えるのは説明的。またその台詞も嘘っぽい。
  • しかもそのニュース以降に急に認知症が進んだ。

認知症の症状で料理の手順を忘れるのってかなり症状が進んでいる状況だと思うのですが、急にそこに到達したよう観客には映ります。このことによって、おばあちゃんの認知症という出来事があからさまに配置されてる印象を与えます。役者の演技力に関わらず説得力を失うのです。

優太とおじいちゃんのシーンはまるごと要らないんじゃないかと思います。

終盤の公園はとてもいいシーンなのですが、そこまで公園もホームレスも一度も登場しないので説得力が弱いのです。取ってつけた印象が拭えません。

エピソードの説得力というのは適切な前フリによって生まれます。そして何事も説明し過ぎは格好悪いのです。ストーリーは面白いと思うのですが、それを台本にする段階でうまく消化しきれなかった印象があります。台本執筆は慣れもありますので、最初からうまく作れる人は少ないものの、前フリがうまく処理できればいい線行ったと思いますのでもったいないと感じました。

演技・演出について

わかりやすく、人物立てもしっかりした舞台だったと思うのですが、リアクションが甘かったかなという印象がありました。「台詞」に対する「台詞の反応」が甘かったように、次に何言われるか分かってて準備してた印象がありました。

みんな頑張ってたのがよく伝わってきましたが、つぐみ役の方は主役だけあって中でもかなり頑張ってたと思います。一番の脇役のおばあちゃん。テンポの遅さはよく出てたと思うんですけども、人物造形が少しステレオタイプだったかなと感じました。おばあちゃんだって認知症の自覚はありつつ、色々と想うところはあったんじゃないかな。そういう部分はあまり伝わってこなかった。

また、つぐみが耳を塞ぐといったような演技は気になりました。本当にそんなことします? 耳を塞ぐというのは、聞きたくないという記号であって演技ではないんですよ。他にもそういった記号的表示がいくつか散見されました。


さて最後にBGMのお話です。ほとんどゲームのBGM、しかもマリオの音などを結構長く使ってタイトルのファミコンに引っ掛けていました。でも実は「ファミコン」ってそういう意味ではないんですよというオチになっています。これについては一言だけ触れておきます。

「たったそれだけのために舞台のムードをすべてぶち壊すようなBGMを使ったなんてもったいない」

まとめ

本当に頑張って舞台を作りこんでいて、とても分かりやすく、お話も十分に使わってきました。上演おつかれさまでした。