宇都宮中央女子高校「あゆみ」

長方形のサスで区切った空半を次々と右から左(上手から下手)へと向かっていく人々(同じ格好)により、あゆみという主人公を中心とした、連続的な時間の流れのを表した舞台。言葉では非常に説明しにくいのですが、とても面白く完成度の高い試みでした。上演感想(感想板)をみた感じでは同じ形式での他校の先行上演(もしくは初代上演?)があるようです。

サスの外側は見えないという約束で、サスから消えた人たちは後ろ側を移動して右に再び待機するのですが、それが見えてしまうのが非常にもったいない。左から出ると同時に、右から入る別の人が同じ人の続きを上演するという高度なことをやっているのですから、内幕ないしは黒いパネルを用意してサスの両側を見えなくするだけで、面白さが倍増したと思うのです。実際、途中手で左右を隠してみてましたが、準備の様子が見えないだけで次どうなるんだろうというワクワク感がありました。もったいないです。

それともう一つ、映像(舞台)の文法としては進行するもの(物語進行)は通常「左(下手)から右(上手)に向かう」ので終始気になって仕方ありませんでした参考)。知ってて敢えて上下(かみしも)にしたのか、知らなくて上下にしたのか、映像と演劇は無関係だということなのかわかりませんが、気持ち悪さがありました。

さくら清修高校「自転車道行曾根崎心中」

教室に自転車で集合ということで度肝を抜かれました。この発想力は素直に称賛したいです。動かない銅像のクラスメイトは原発のメタファーで学校は市町村のメタファーなんだと思いました。講評で指摘されていましたが、これがわかると全部がすごく皮肉です。しかし、上演後の観客席の様子だと「よく分からなかった」人が多かったみたいで勿体無いかな。

主題となっていた古文(詩?歌?)もおそらく内容の何かとリンクしているのだと思うのですが、現代語でもないことも相まって内容がよく伝わってきませんでしたが、どこか底知れぬ怖さはありました。