農業大学第二高校「エレベーターの鍵」

  • 作:アゴタ・クリストフ/訳:堀茂樹(既成)
  • 優秀賞(関東大会へ)

あらすじ・概要

女はエレベーターでしか出入りできない部屋にいました。やがてエレベーターの鍵を奪われました。そして足の自由を奪われました。次に耳を奪われました。そして目を奪われました。最後に……

感想

舞台中央に広めの台が置かれ、奥に黒と白の高めのオブジェ。どうやらここが部屋のようです。部屋が途中で途切れ観客席側に突き出しているという設定だとわかります。かなり気合の入った装置で、これだけでも期待度アップです。

まずびっくりするのが主演の「女」の圧倒的な演技力。ほとんど女のひとり語りなのですが、とてもよく聞き取れる声であり、色々な感情が入り乱れた台詞。一つの台詞の中でも「夫が好きだ」という気持ちと、「外に出られないストレス」と、「言いくるめられてしまった釈然としない」気持ち。そんな複数の感情が目まぐるしく現れては消える台詞。恐ろしくうまく演じられています。

また姿勢と動作がとても美しく、言葉を発しなくても動作だけで表現してしまう。「他の学校に足りないのはこれだよ」と叫びたくなる気持ちでいっぱい。ただ欲を言えば、もっと多くのことを動作で表現することはできたんじゃないかな。

足が動かなくてった女に、夫は車椅子をプレゼントするのですが、車椅子が最初から置かれているので違和感がありました。プレゼントするシーンに出してほしかったかな。

終盤、街の喧騒として救急車の音がするのですが、日本の救急車のサイレンなので一気に萎えました。この舞台の設定は日本なのですか? 違いますよね。

すべてを奪われそうになって、それでも声だけは奪われたくない。「声を奪うなら命を奪え」と言う。すごいラストでした。

とても良かったし、納得の優秀賞(関東)なのですけど、より良い上演を目指すは難しいですね。

「声だけは奪わせない」と言われて「ほかは良いけど声はダメなんだ」で終わりかねないところなのかな。どうして声はダメなのかもっともっと客席に使わってくると良かったと思います。声以外の色々は、すんなり受け入れてる感がしてしまうのです。

それと強く叫ぶように発声して演じるシーンがやや多かったかな。最後の声のシーンを際立たせたいなら、ほかのシーンでもっと叫ばせないようにしたほうが良いのかも知れません。物理的に叫ばなくても、叫ぶことはできます。微妙な演出のさじ加減なのでやり方は色々あると思いますが、少なくとも演出を立て、きちんと方針を整理したほうが良いでしょう。

よほど練習したんだろうなと思わせる圧倒的な上演した。すごかった。

県立前橋高校「マルス・プメラ ~小さな島の不思議な実の物語~」

  • 作:星野 孝雄(既成)*1
  • 潤色:前橋高校演劇部
  • 演出:養田 陸矢
  • 優秀賞(関東大会へ)

*1 : 劇団の人らしいのですが情報捜索中。県内の劇団や現在は高校演劇に関わっていらっしゃる方で、今回の台本は書きおろしだそうです。情報提供ありがとうございます。

あらすじ・概要

隣り合う2つの国、その国境付近にある小さな島です。その島には、南北に国境線が引かれていて、東西をそれぞれの国が治めていました。しかし最近、国境付近の海域から永久に尽きないエネルギー資源が発見されたことにより両国は戦争状態になります。

この物語は、そのエネルギー資源をめぐり、両国からひとりずつこの島に青年兵士が派遣されるところから始まります。

感想

上のあらすじですが、上演の最初に説明されるあらすじの抜粋です。「えっそんな、いきなり説明台詞導入ですか」と少々びっくり。説明役による舞台進行はあんまり良い印象がなかったのですが……。

舞台中央に、一番手前まで黒いテープが貼られ国境線になっています。中央に桟橋があり、奥が海らしくホリで青く表現されています。砂浜という設定らしい。上手と下手に旗があり、箱などちょっとした小道具があるだけです。簡素なんです。SEで波音が少し聞こえてるだけ。でも幕が上がるとそこが砂浜に見えてくるんです

男子校で、しかも7人しか部員の居ない部活の上演です。スタッフも全部含めて7人です。装置にだってお金も時間(人員)もそんなに割けなかったはずで、そんな限られた条件の中で工夫して、きちんと砂浜を(演技による力を含めて)海辺を説得力を持って作ってきた。素晴らしいとしか言いようがない。

銃を持って向かい合う二人の兵士。もうこの二人の演技力がすごい。すごすぎる。

  • リアクションがとても上手い。相手に対する反応がきちんとできていて非の打ち所がない。
  • 動きを合わせるところでは本当に綺麗に動きがあっている。
  • それでいて間の使い方もよくわかっていて、台本の面白さをちゃんと笑いにできている。

その辺の小劇団でもこのレベルの上演は少ない。2日目の上演まだ見てないけど、もうこれが最優秀賞じゃないの?(笑)

国境線は絶対に踏み越えない。踏み越えないのに、その上で手を交わして交流する。銃を向け合うこともありながら互いに交流する。でも国境線は踏み越えない。二人の人物がどんなに気持ちを近づけようとも、どんなに二人の距離が近づこうとも、国境線は踏み越えない。それが、この二人にとって国境線がどんな意味を持つのかってことをこれでもかというほどに観客に訴えるのです。

またこの上演では歌を歌うシーンがあります。数々の無駄に歌い踊る上演を見てきましたが、この舞台ではが本当に素敵に美しく使われていて、しかもみんな歌が上手い。あーもう演技でこれだけのもの見せて、歌シーンもこんなに魅力的なんてずるいよ(苦笑)

主役の2人だけじゃなくて、他の役者も本当に適切で上手かった。


めずらしく絶賛になってしまいましたが、ひとつだけ気になったことがありました。それは銃の扱いです。2人とも同じ機関銃を使っていましたが、機関銃って10kgぐらいあるんです。あんなに軽そうに持ってはいけません。中に重りを入れるといいと思います。

本当に面白い上演でした。楽しかった、もう一度見たい。

富岡東高校「女や~めた!」

作:安倍いさむ(既成)
脚色:富岡東高校演劇部
※優秀賞

あらすじ・概要

女子校に入学した生徒が、ある時「男になりたい」と宣言。それが発端となって共学化検討委員会が発足し、議論が行われる。

「高校演劇Selection 2002下」収録作品。

感想

舞台中央と左右に1枚ずつ、計3枚のパネルが置かれ、それぞれに隙間があり出入りできるようになっています。中央には教壇ぐらいの段があり、その上に机と椅子、左右にも学校の生徒用の机と椅子が1セットずつ置かれ、そのまわりに椅子がバラバラと起これています。このバラバラと置かれた椅子の大半は使われることはなく、何の意味があって置いたのかよく分かりません。教室を示したかったのなら余り効果的ではありませんし……。あっても構わないといえば構わないのですが。

過去の男女教育などを、劇中劇を使って振り返るシーンで「木役」が非常に見事に機能していて笑わせてもらいました。コメディの部分は非常によく作られていて、特に演劇部部長だかの女役だった人が美味しいところを全部持っていった印象。人物づくりからして成功していたと思います。

講評で指摘があったように、劇背景を絵でめくってしまうのはチープだなというのは感じました。たしかに、この舞台ならこれはアリだとは思いますけど。ただし、舞台下手側の「演劇部」「上演中」という垂れ幕は必要だったのでしょうか? 途中「着替え中」などにめくって切り替えるのですが必ずしも正確ではない上、いちいちめくる音がするので気をそがれる。最後に「反省中」という笑いを取りたいだけだったのなら、余計ですので無いほうが良いと思います。

全体的に

以前、同台本を吾妻高校の公演で観たときも指摘したのですが、この台本には致命的な欠陥があって性同一性障害を扱うにはあまりにも考えが浅すぎます。人物像の問題はあまり感じなかったので演じ手でここまで変わるのだなあと感心する一方(潤色で全体的に直したのかも知れません)、ジェンダーの問題や男と女についての思慮は浅く、歴史観とか、振り返るフリ、議論してるフリをしてるだけで実際は何も議論していません。性同一性障害を発端にしながら、オチは共学化するかしないか。それなら性同一性障害なんて大層なものを持ってくることなく、共学化に焦点を当てれば済んだ話で、それを軸にして「共学化に対する登場人物たちそれぞれの思い」をきちんと描けば済んだ話でしょう。

つまり、男女のジェンダー論やその延長にある共学化に対して「単に反対」している以上の何かがまったく感じられず、その主題に関する人物たちの立場が「ただ反対」以上に何も感じられない。そのような台本上の欠陥を特に克服すること無く演じてしまった。ジェンダーや共学化に対する深い思慮は演技からも感じられなかったし、「男になりたい」に何の深みも想いも感じられない。結局それが問題になってしまった印象はあります。

しかしながら、コメディとして見ればこれほどの完成度で観客を沸かせたのは見事で、人物それぞれの演じ分けもきちんとされていました。とても面白かったと思います。