前橋南高校「南流 新陰流怨 ~分裂~」

  • 作:吉田 藍(既成扱い/元顧問による創作)

あらすじ・概要

高校分裂をかけて戦う、剣道部男子vs女子の決戦。それに向けた、練習の様子。

感想

新陰流怨と書いて「シンカゲリオン」だそうです。どういう舞台かを説明する前にキャスト表を貼っておきます。

2016ken_s22.jpg

話の筋としては、男女を別々の学校に吸収合併させることの是非をかけ、剣道部男子と女子で戦うというものですが、実際にはそんなことはどうでもよくてエヴァンゲリオンの同人誌ならぬ同人劇です(笑)

登場人物の名前を見ればわかると思うのですが、そのままエヴァのキャラを借りてきて、アスカなど多くのキャラは見た目や髪型も似せて、更に1人はエヴァの女子制服を着ています。台詞もエヴァ劇中からパクってきた台詞の応酬。エヴァ暴走をパクったエピソードも起こります。BGMもエヴァのものを使っています。同人誌と表現するのが一番しっくり来ます。

しかし、これを舞台として見せられますと、辛い。高校演劇の舞台で、同人誌を朗読されたら居たたまれないですが、劇なので朗読以上に居たたまれない(苦笑)

完全にネタ上演だし、ネタとして全力投球しているので、もう何を言うのも野暮というものですが、それでも書くとすれば以下の点です。

  • エヴァの知識がない人にはおそらく意味不明。
  • 構成を考えるにエヴァのネタ要素をすべて引いても十分成り立ったのでは?
  • 同人劇として完成度を高めるなら、全編ただのネタですよと分かる演出をしてもよかったのでは?*1
  • そもそも今時の高校生にエヴァ*2なんて通じるの?

剣道部員が居るのか、剣道部に修行に行ったのか分かりませんが、剣道シーンが素人目にはかなり説得力がある演技になっていました。経験者からはツッコミどころもあるのかも知れませんが、動きや見せ方がよく出来ていたと思います。

脚本書いた先生の趣味なのか、生徒側からの要望による脚本なのか、ひたすらそれだけが気になる上演でした。よくこれだけネタに全力投球できたなと称賛します。そのエネルギーはすごい。上演おつかれさまでした!

*1 : ギャップを狙ったのかもしれませんが、普通の演劇として演出されているので、せいぜい失笑ぐらいしかできないのは困りものでした……。

*2 : しかもネタの多くがTV版

前橋南高校「Act@gawa.jp」

作:吉田 藍(顧問創作)
※優秀賞(関東大会へ)

あらすじ・概要

ネット詐欺に注意しましょうと言われてる中、スマホに買い替えた白井(男子)のもとへ、高岸(女子)から詐欺を装ったメッセージが届く。そんなの嘘だよと友達に言われた白井は「俺は信じてみたいんだよ!」と答える。

感想

この台本は、伊勢物語の芥川をモチーフとして使っています。

上手に高さの違う灰色い柱のようなものが4つ。下手に横にした同じものが2つ。奥だけ幕を少し開けてあり3段ぐらいの階段2つ。その他、舞台上に白い服の白子(黒子に対して白子らしい)が4人。見るからに抽象的な舞台で「これから抽象的な演劇をやります」っていうことがこれだけで分かる良いセット。

螺旋(モチーフはLINE)を通じて白井に「助けて」というメッセージを送る高岸がメインとして進行します。はたして嘘なのか本当なのか。ちなみにこのメッセージ着信音がまんまLINEなのですが、これ著作権大丈夫なのかな?(効果音にも著作権はあるしJASRAC登録されているとは思えない)。著作権の問題は別として最初、会場の人が間違って音を鳴らしたと思ったので、あまり適切ではないと思います(もしくは舞台上から音が鳴るようにするか)。

本当に演技がうまい。力はちゃんと抜けてるし、声はきちんと聞こえるし、台詞のタイミングもうまい。

抽象的でどうのこうのと述べるは難しいのですが、2つほど。高岸がなぜそこまで闇を抱えてしまったのか(どういう闇を抱えているのか)という部分がいまいち伝わってきませんでした。こんなことをする人物ってのは普通に振る舞ってても、どこか常識とは異なる隠し切れないズレた部分を持っていると思うのですが、それを上演から感じ取ることはできませんでした。なぜ高岸はこんなにも狂ってしまったのでしょうか(狂気が感じられない)。シーンとして説明があるかないかという話ではなく舞台として説得力が不十分だと感じました。もうひとつは、講評でも指摘されていましたが、白井がどうしてそこまで高岸や詐欺のようなメッセージを信じてみたくなったのか分からないということです。

結局、高岸と白井の関係がこの劇の核心なのですが、それがあまり描写されてません。そう考えるとネット相談センターはあくまで抽象として存在させて、高岸と白井の物語には関係させず、高岸と白井の関係を描くことに注力したほうがよかったのではないでしょうか。「白玉」や「鬼」というモチーフもイマイチ活かしきれてない感じがします(伊勢物語を知らなかったので上演だけでは理解できなかった)。

全体の演技のレベルは非常に高く、とても安心してみることができました。関東大会もがんばってください。

前橋南高校「外箱:Hen-Pin」

作:大友 佳栄(生徒創作)
演出:吉澤のん、石井大樹
※創作脚本賞

あらすじ・概要

物流倉庫の返品受付E区画。通称ゲロ部屋にいる作業員と、そこにやってきた事務方の手伝いと……。

台本の感想

えっ「これ本当に生徒創作なの!?」。また原澤先生が書いたんじゃないの?と思ってしまいました。先生のアドバイスがどれくらい入っているのかわかりませんが、それを差し引いても非常に完成度の高いとても面白い台本です。

着想が面白く、掛け合いもよくできていて、コメディかなと見せかけておいて「実はホラーでした」っていう。よくできてるなあと思いながら観ていました。

感想

黒幕にダンボールが置かれたステージ。1つの事務机。

さすがに演技がうまく、きちんとリアクションができていて、台詞も詰め込みすぎず「間」もちゃんと使われていて、とても安心して観ることができました。

途中「豚」の返品が出てきたあたりから人が狂っていくのですが、ここが少しもったいなかった。狂っている側の視点で舞台上には「人」を置いてしまったので、観ている側はどっちが狂っているのか分からない。分からせないことの気持ち悪さをあえて出したのかもしれませんが、それにしても「狂い」を見せることがこの台本のキーポイントではあるのですから、全体通して見た時にイマイチだったと言わざる得ません。

つまり、台本の持つ「怖さ」みたいものを活かしきれてなかったと感じました。狂うシーンでは、もっと怖くしていいんじゃないの? 講評では外向きに狂っていたと言われていましたが「狂気」が感じられなかったとも言えると思います。舞台上に「狂気」が見え隠れして成り立つ台本ではないのかな? どこが正常でどこに異常が生まれているのか。方法はいくらでもあると思いますが、もう少し配慮が欲しかった。

完成度は高く、観ていて面白かったし、入賞するんじゃないかなと思っていました。本当にあとちょっと、もう一歩だったと思います。

前橋南高校「狩野【kanou】」

作:原澤 毅一(顧問創作)
演出:星野ひかり
※最優秀賞(関東大会へ)、創作脚本賞

あらすじ・概要

東京の山の手にひっそりと暮らす姉妹の物語。お嬢様育ちで親の遺産で過ごす、姉のほぼ言いなりになっている妹。姉の恭子は屋敷を売り払って群馬に引っ越すと言い出すのだが……

感想

狩野って何かと思いましたが、叶姉妹を明らかにモチーフにした非常にバカバカしい台本です。原澤先生の台本は毎度よくわからなかったのですが、今回のでなんとなく楽しみ方がわかったというか本当にバカというか。今回、バカらしいことをすごく真面目そうに格好よさそうにそして舞台芸術風にも作られていますが、その本質は単なる悪ふざけ。下手に上演すれば、ただ呆れられるだけなのですが、すごいクオリティで上演するから成り立ってしまう。

幕が引かれて、椅子が2脚あるだけの非常に簡素な舞台です。椅子1つ1つにサスを当てる、もしくは2つ一緒にサスみたいな照明だけで進めていますが、横から照明をあてて顔が影にならないように配慮することは忘れていません。舞台装置はほぼ何もないのに部屋や屋敷の構造を感じさせる動きがこれまた素晴らしい。

声の演技をはじめ、人物の動きがとてもとても美しく、とても上品な上演となっています。そしていつも通り、スモークを使ったり、飾りサスを使って舞台芸術的なものも見せ、舞を見せ、脈略も何もない。ひどいもの(褒め言葉)です。ラストシーンは姉をリサイクルしてしまうという怖くかつ抽象的な終わり方でした。

全体的に

例年通りの前橋南でしたが、今年は完成度高かったように思います。もう圧倒的。文句なしの最優秀賞です。

前橋南高校「箱式hollow」

作:原澤 毅一(顧問既成・「恐ろしい箱」より改題/細部改変らしい)
演出:須藤 瑞己

あらすじ・概要

突然エレベーターに閉じ込められてしまった5人。助けが来る様子もない。どうやったら外に出られるのだろうか。ざわざわと騒いでいるうちに便意を催した武田は閉じ込められたエレベーター内で……。暗転。するとなぜか木村がいなくなり、変なミュージシャンが2人入ってくる。なぜ? どうして? どうやって???

感想

中央部のみのサスで作られた空間。そこに正方形の敷物が置かれています。どうやら閉じ込められているらしい。ここがエレベーターの中というのは後の台詞で分かります。最初は密閉空間での人物交流なのですが、変なミュージシャンが入ってくる当たりからぐちゃぐちゃにしてしまう。よくこんな変哲な設定の台本を思いつくなと感心しました。

基本的にはこの密閉空間におけるドタバタ劇で、前橋南の実力を遺憾なく発揮し、間を充分に取った笑わせる演劇でした。間やメリハリの使い方がとてもうまく、力が入り過ぎない緩んだ演技がとても良くできている。他校はよく見習ったほうがいいと思います。変なミュージシャンが入るまでは、所々間の少ないところはありましたけど、その後はもうバカみたいなやり取りが繰り返され大ウケしてました。ほんとにバカですねー(褒め言葉)。そんな変な人達が増えてきても1人まともな武田が主人公なのですが、とても良い基準となっていました。変な人しか居ないと少しも面白くなくなりますからね。

終盤の火星移住ナンタラとネタバラシがされたとき、武田以外の人物が今どうしているか見せるシーンがありましたが、客席の位置によっては旅行代理店の人間が邪魔で後ろ(その後の人物たち)が見づらかったのでもう少し工夫してほしいところです。

全体的に

これだけの演技と完成度で入賞すらならなかったわけで何だろうなあと考えていましたが、こちらのブログで「『恐ろしさ』『不気味さ』に欠けていた」との指摘があり納得。講評でも指摘されていたのですが、結局何だかわからないという問題があります。ここ何年かの前橋南は理論的解釈を拒む上演だったわけですが、今年は解釈ができる上演になっています。

主人公の武田は意味もなくひどい目に遭わされて、結局最後までひどい目に遭わされて続けるのですが、解釈してみると結局だからどうしたのと。ラストシーンで武田のみを載せたエレベーターがどこかに到着して終わるのですが(それが何処であるかは示されない)、これを火星と思えば酷い話だし、元々乗っていたエレベーターの本来の行き先だと思うとギャグ話。もしくは夢オチみたいな感じ。投げっぱなしすぎ。

結局のところ投げっぱなし過ぎて、全体としてどこに焦点を当てた演劇であり物語なのかすらもわからなくなってしまっている。かといって解釈を拒むほどの(解釈しなくても良いと思わせるほどの)突き抜けた何かがあるわけでもない。「じゃあ何ですか?」という状態になってしまったということでしょう。ですから徹底的に不気味にするのは1つの戦略として正しい。

やや欠点があるものの完成度はとても高かったので、審査基準が違えば入賞していたと思います。