市立伊勢崎高校「HOW ABOUT YOU?」

脚本:鶴岡 静・豊島 康帆(生徒創作)
演出:島田 亜悠子

あらすじ

フューチャーというバンドのチャットで知り合った3人は、ある日一緒にライブを見に行く約束をする。そして仲良くなるのだが、一方でウルハ(麗波/女)はユイガ(唯我/男)やキラ(綺羅/男)の腕にある、リストカットの傷痕に気づく。それを知って悩むウルハだったが、やがて「二人を救いたい」と思い動き始めるが、なかなか上手くいかず……。

主観的感想

【脚本について】

始まってまず「もう4時半かー」「掲示板に書き込みないかなー」という説明台詞。この時点で劇曲を書き慣れていないことは明かですが、それでもストーリーの仕立て方としてはよくできた方で、ウルハ、ユイガ、キラという人物配置もうまく考えられていました。チャットのオフというよくある設定をきちんと料理していたと思います。

とまあその辺は良いのですが……。結局のところ、リストカットという悩みや心の問題、心理劇を書く上ではまだまだ考察不足です。描きたいことや気持ちはよくわかるのですが、そんなに簡単に自分の気持ちを打ち明けたり、「誰かを救う」ってことがそんなに簡単ではないことを描き切れていない。つまりはその辺の心理劇は全部嘘っぽい。もちろん、ある時に長々と気持ちを独白するような「よくある失敗」をやっていなかっただけ大したものなのですが、だけどより一層の配慮をすべきだったと思います。(参考:創作脚本を書かれる方へ

【脚本以外】

ライブ帰りのシーンがやたら暗すぎて、登場人物の顔がよく見えません。ウルハの家のシーンでも同様です。演劇において暗いことを演出するとき、本当に(そこまで)暗くする必要は全くありません。暗いということを観客が納得してくれればいいのですから、人物(役者)の姿が見えなくなる程暗くしてしまうのは失敗だと思われます。途中、スピーカーから友人の声が聞こえてくるというシーンがあるのですが、友人役の声と父親役の声の演技をもうちょっとどうにかしましょう。

途中ユイガの心情を述べる(リスカの理由を言う)シーンがあるのですが、あまりにあっさり流すために真に迫りません(一方で陳腐にもならないのですが)。全体としてシナリオと舞台、両方ともに作り込みも不足だと思います。

【全体的に】

描き方がとても軽いんですよね。まず人物をユイガならユイガにしぼって、その心の問題の中でもたった一点にしぼって、その悲痛さ、ウルハがいかに頑張っても全部否定されてしまうような拒絶などの要素を挟みつつ、(上演)60分かけて大きな山をひとつ登りかけるぐらいの感じにしないと到底説得力というべきものは生まれないと思います。

審査員の講評

【担当】光瀬
  • この3人はヒューチャーというバンドのファンということでつながっているが、その感心のバンドであるフューチャーがよくわからない。話にしか出てこないので実感が沸かないのだけど、演劇なのだから何かしら本物として見せてほしい。
  • ネットで知り合った人間同士がいきなり自己紹介で本名をいうだろうか? もっと本名というものを大切に扱うとよかったのではないだろうか(編注:本名を教え合うというシーン自体を物語の見せ場の要素として持ってくることも可能だったと思う)。
  • 2幕目のライブ帰りのシーンでは、「ライブ帰り」であるという熱狂感や興奮感が見られない。本当にライブを見てきた後なら、そういう熱気というものが残っているはず。
  • ライブの熱狂とリスカのギャップが良いところだと思うのだけど、そこの見せ方に問題があるように感じる。
  • 3人の関係について、いっそのこと(例えば)リスカの掲示板の知り合いで、たまたま同じヒューチャーのバンドに行っていてばったり出会う、とかの方が面白味があったかもしれない。
  • リスカをするほど追いつめられた人が(現実にはあり得ると思うが)ライブに行くのか? という疑問が残る(編注:物語の見せ方としての説得力、確率の積み重ねとしてのリアリティを言っているものと思われます)。
  • この演劇を観てリスカの人がはたして納得するだろうか、疑問が残る。劇中、ウルハが本で調べましたということで理解しようとしているが、本やネットで調べただけでは本当に理解したいのか疑問が残る。(ちょっと調べただけで)理解しようと言うこと自体が偽善的であるとすら言えるのではないか。その辺、台本を書く人はもっと突き詰めてほしい(編注:他人の心の問題を解決することはこんなに簡単ではないので、そのことをよく考慮しないと本当に悩んでいる人間にとってはバカにされたようにすら感じるものだと思います)。
  • 人が他人のためにした行為というのは人か一番傷つきます。その意味で、友人の声での追いつめ方はうまいなと感じた。台詞からだけでなく、もっとふくらませるとよかったと思う。
  • 基本的に「ドラマ」というのは、Aが○○したい、Bが××したいと思い対立することで生まれて、最終的にどちらかが勝ったり諦めたりすることで決着する。ウルハがユイガにリスカのことをたずねたとき、それをはぐらかすユイガという構図はまさに「聞きたい」と「話したくない」という対立であり盛り上がりやすい。しかし、せっかくの見せ場なのに、実際はあっさり話してしまっていた。なかなか聞くことのできない歯がゆさが出せるともっとよかったと思う。
  • 舞台装置は公園(?)や家とリアリティのあるものを用意してきたが、ネットというバーチャールな背景があるのだから、リアリティがない方がよかったかもしれない。